《女の思い》

題しらす 寵

しののめのわかれををしみわれそまつとりよりさきになきはしめつる (640)

東雲の別を惜しみ我ぞまづ鳥より先に泣き始めつる

「題知らず 寵
東雲の別れが惜しいので、私がまず鳥より先に泣き始めてしまった。」

「(別れ)を(惜し)み」は、「~が~ので」と原因理由を表す。あるいは、「~を~と思って」の意を表す。「(我)ぞ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「(鳴き始め)つる」は、意志的完了の助動詞「つ」の連体形。
東の空がわずかに白み始めました。東雲のお別れの時を迎えました。お別れが惜しくてなりません。それで、鶏より先に私こそがまず泣き始めてしまいました。
作者は、鶏と自分を比較することで思いを伝えている。鶏は夜明けになると鳴くけれど、自分は別れの悲しみのために泣くのだと言う。つまり、それは自然に泣くのではなく、意識的に泣くのだと、意志的完了の助動詞「つ」を使うことで示している。
「寵」は、女房名で音読みで「チョウ」とも訓読みで「うつく」。あるいは「寵」は「内蔵」の写し間違えで「くら」とも言われている。376番の離別歌「朝な日に見べききみとし頼まねばおもひたちぬる草枕なり」の作者である。
前の歌とは、「泣き」繋がりである。この歌は女の側からの思いである。「詠み人知らず」の歌の中には、女の思いとしても取れる歌(たとえば、637番)もあるけれど、総じて女の歌が少ない。その意味でこれは貴重な歌である。また、鶏との比較、意志的完了の助動詞「つ」の使い方に工夫がある。編集者はこうした点を評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    鳥の鳴く声に気付かされるのでなく、私はわたしの思いから涙を流すのだ、誰に教えられるでもなく。376番の歌でもそうでしたが、意思のはっきりした人となりを感じさせます。当時、珍しいタイプの女性だったのでしょう。今でも、かもしれません。本当の意味で自立している人は時代にとらわれることなく抜きん出てその才能を発揮するものなのですね。

    • 山川 信一 より:

      確かに、この女性は自立した人物のようですね。「つ」によって自分の意思を表明しています。自立・自律することは、時代を超えて、男女を問わず、大切ですね。

  2. まりりん より:

    愛しい人との逢瀬。明け方、空が白んできて別れの時間になってしまった。
    鶏と作者は「なく」繋がりだけれど、夜明けの知らせに鳴く鶏と、悲しくて泣く作者が対照的です。控えめにこっそり涙を流すのではなく、感情のままに思い切り泣いている情景が思い浮かびます。

    • 山川 信一 より:

      鶏を出してきているのですから、鶏に負けないくらい「控えめにこっそり涙を流すのではなく、感情のままに思い切り泣いている」のでしょうね。背景の東雲の空が目に浮かびます。

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