《秋風と琴の音》

題しらす たたみね

あきかせにかきなすことのこゑにさへはかなくひとのこひしかるらむ (586)

秋風にかきなす琴の声にさへ儚く人の恋しかるらむ

「題知らず 忠岑
秋風にかき鳴らす琴の声までどうして儚く人が恋しいのだろう。」

「さへ」は、副助詞で添加を表す。「(恋しかる)らむ」は、現在推量の助動詞の終止形。
秋風が吹く。人恋しくもの悲しい気持ちになる。慰めようと、自ら琴をかき鳴らす。音色が秋風に流れ行く。すると、どうしたことか、その音色にまで恋情がそそられてしまう。あの人が恋しくてならない。なぜこんな気持ちになるのだろう。恋しく思ったところで、あの人に逢える訳でもなく、頼りなく空しいだけなのに・・・。
作者はかき鳴らす琴の音にまでも恋情をそそられる自分を「儚い」と反省している。この歌は、独白のように思える。けれど、恋人に贈ったものなら、それほどまでに相手を思う気持ちを訴えていることになる。ただし、今の自分をそのまま述べているだけである。それでも、押しつけがましくない分、かえって相手の心を動かすかも知れない。
秋繋がりの歌が続く。この歌では「秋風」と「琴の声」を取り合わせている。ここに独創性があり、詩情が生まれた。編集者はこの点を評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    秋風の肌寒さに人恋しくなる。せめてもの慰めに琴を持ち出して爪弾いてみる。澄んだ空気に響く琴の音。「琴線に触れる」と言うけれど、あなたの心に触れたなら、この琴のようにその美しい声で応えてくれるだろうか。そんな事を思っているうちに琴の音は消え、ただ一人、秋に取り残されている。儚い夢想、いよいよ心寂しさが募る。

    • 山川 信一 より:

      いい鑑賞ですね。この人物が生き生きと甦りました。この歌は、男の思いとも女の思いとも取れます。「題知らず」の特色を生かしています。恋する時には、何をしても恋に結びついていまいます。心を慰めてくれるはずの音楽さえも。

  2. まりりん より:

    恋するものは、琴の音まで恋に結びつくのですね。「秋」という季節柄、琴の音が寂しげに響くな様子を思い浮かべてしまいます。

    • 山川 信一 より:

      琴は逢えないつらさを慰めよとして彈くのでしょう。ところが、かえってそれが悲しみを誘うことになる。なんと皮肉なことでしょう。でも、恋とはそういうものなのです。

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