《恋の真相》

題しらす ふかやぶ

こころをそわりなきものとおもひぬるみるものからやこひしかるへき (685)

心をぞわりなき物と思ひぬる見るものからや恋しかるべき

「題知らず 深養父
心を道理の無い物と思ってしまった。逢っているのに恋しいはずかよ。」

「(心を)ぞ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「(思ひ)ぬる」は、完了の助動詞「ぬ」の連体形。ここで切れる。「(見る)ものからや」の「ものから」は、接続助詞で逆接を表す。「や」は、係助詞で疑問を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「(恋しかる)べき」は、推量の助動詞「べし」の連体形で、適当・当然を表す。
私はこれまで自分を道理を弁えた心の持ち主だと信じてきました。そして、自分の心は自分でコントロールできるものとも信じてきました。ところが、そうではなかったのです。あなたに逢うことで、心が筋が通らないものと思い知ってしまいました。なぜなら、あなたにこうして逢っているのに恋しくてならないからです。逢えないなら恋しいのはわかります。なのに、逢っているのに恋しくてなりません。こんな筋の通らないことがあっていいものでしょうか。
作者は、逢うことで恋が終わる訳ではない、むしろ、逢うことでますます恋は激しくなると言いたいのだ。これが本物の恋の真相なのだ、逢って恋しくなくなるのは偽物の恋なのだと。こう訴えることで、自分の恋が本物であることを訴えている。
この歌は、構成に工夫がある。上の句で現状を言い、読み手に疑問を持たせ、下の句でその理由を述べている。また、「ぞ・・・なき」「や・・・べき」の二重の係り結びが作者の激しい恋心を表している。編集者はこうした点を評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    心というものは自分のものでありながら、どうにもままならない。こうして逢っているというのに満ち足りるどころか益々あなたに恋焦がれてしまう、、。
    あぁ、なるほどと納得させられつつ、冷静に我が身を分析している所が歌の内容と相反しているようで、「恋」心としてはその熱量が伝わるのだろうかと思いました。

    • 山川 信一 より:

      確かに、心を通りが通らないものだと言いながら、この冷静な分析は、相反していますね。冷静で知的な自分がこんな訳のわからない状態になってしまった。「みんな、あなたのせいですよ」とでも言いたいのでしょう。心にくい演出ですね。

  2. まりりん より:

    冷静なはずの自分は、今まで感情に振り回されることなどなかった。しかしこの恋では、すっかり理性を失ってしまっていると。作者が、そんな自分に戸惑っているように感じます。

    • 山川 信一 より:

      作者は、まさに相手に「そんな自分に戸惑っているように感じ」させたいのでしょう。あなたはそれほど魅力的なのだと。恋心の伝え方は本当に様々ありますね。

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