《憂き寝》

題しらす 読人しらす

なみたかはまくらなかるるうきねにはゆめもさたかにみえすそありける (527)

涙川枕流るるうき寝には夢も定かに見えずぞありける

「涙の川に枕が流れるほどつらい眠りには夢もはっきり見えないのであったなあ。」

「涙川枕流るる」は、「うき(浮き)」を導く序詞。「うき」は、「浮き」と「憂き」の掛詞。「見えずぞありける」の「ぞ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「ける」は、詠嘆の助動詞「けり」の連体形。
あなたのことを思って寝られず寝床に流す涙で川ができてしまいました。そのために枕が流れて、私は水上に浮いて寝ることになりました。そんなつらい眠りでは、あなたが夢に逢いに来てくださっても、あなたの姿がはっきりと見えないことがわかりました。ああ、これもつらいのです。
作者は、この誇張表現によって夢で相手の姿がはっきり見えない独り寝のつらさを訴えている。しかし、考えてみれば、夢で逢うなどは所詮幻に過ぎない。本当に言いたいことは、「逢いに来てほしい。」あるいは「逢ってほしい。」である。しかし、その思いは表に出さない。相手が察する余地を残している。これは、優れた表現の条件の一つである。前の歌とは、夢繋がりである。ただ、夢→枕→涙→川→浮き寝→憂き寝へと連想を広げている。編集者は、こうした点を評価したのだろう。作者が「詠み人知らず」になっているので、性が限定されていない。「詠み人知らず」には、こういう仕掛がある。『古今和歌集』は、汎用の表現を目指している。

コメント

  1. すいわ より:

    涙の川に流されるまま漂う。枕さえ定められないとあってはあなたがこの夢に訪れようもない。涙に滲んでその夢さえも朧げ、あなたの姿を見定められぬまま虚しい夜を過ごすことの、あぁなんと辛いことか。諦めきれない自分を責めてはいても相手に直に要求する体ではないあたり、好感を持たれるかも。男女問う事なく誰もが共感出来る模範的な歌ですね。

    • 山川 信一 より:

      相手に贈るなら、押しつけがましくないようにすべきですね。その点、この歌はいいですね。相手の立場に立つことが大事ですね。私の鑑賞に「枕」が抜けていました。補っておきます。

  2. まりりん より:

    「涙で出来た川に浮いて寝る」という状況が印象的です。何となく、作者はやはり男性のような気がしますが、どうなのでしょうね。

    • 山川 信一 より:

      こういう誇張表現は、男声の方がしやすそうですか?まあ、これも場面次第ですね。『古今和歌集』の「詠み人知らず」の歌は、性を超越していますから。

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