《ざわつく心》

題しらす 読人しらす

あしかものさわくいりえのしらなみのしらすやひとをかくこひむとは (533)

葦鴨の騒ぐ入江の白浪の知らずや人をかく恋ひむとは

「葦鴨が騒ぐ入り江の白波の「しら」ではないが、知らないことだなあ、人をこのように恋するだろうとは。」

「葦鴨の騒ぐ入江の白浪の」は、同音の「知ら(ず)」を導く序詞。「(知ら)ず」は、打消の助動詞「ず」の終止形。「や」は、間投助詞で詠嘆を表す。以下は倒置になっている。「(恋ひ)む」は、推量の助動詞「む」の連体形。
私の心は、葦鴨が騒ぐ入り江に立つ白波さながらに、落ち着くことなく波立っています。もちろん、それはあなたに恋しているからです。あなたにこれほどまで恋するだろうとは思ってもいませんでした。どれほどのものかわかっていただけますか。
前の歌とは海繋がりである。題材が植物から動物に変わっている。これも、題材を変えた歌のバリエーションである。序詞は、「しら(なみ)」と「(しら)す」の同音による序詞であるが、同時に作者の落ち着かずざわつく心を可視化するに留まらず、〈可聴化〉もしている。葦鴨の騒ぐ声が聞こえてくる。その分リアリティが増した。編集者は、この工夫を評価したのだろう。

コメント

  1. まりりん より:

    前の歌と状況が似ていますね。揺れる心を玉藻に例えたのに対して、この歌では白波に例えている。でも、同じ揺れる心でも、こちらの方が激しさを感じるのは白波のせいでしょうか。あるいは葦鴨が登場して動的な印象を受けるからかも知れません。

    • 山川 信一 より:

      「葦鴨(の騒ぐ)」「(白)波」は、前者が聴覚、後者が視覚を意識した語句です。風景をダイナミックに捉えています。「動的な印象」を受けるのはそのためでしょう。

  2. すいわ より:

    (「人を」と言うのだから)その人の事をよく知っていた訳でもないのにまさかこんな風に心が波立って恋心を抱くなんて思わなかったし、あなたもそんな私に気付かないでしょう?(気付いて下さい)
    自分でも思いがけない恋心に気付いてしまった。こんなに胸の鼓動が高まって周りに気付かれてしまいそう。「葦鴨」、ただ「鴨」ではないのですね。鴨の姿は葦原に隠れて見えていないのに騒々しく鳴く声でその存在を知らしめてしまう。私の見えない心と同じ。平静を装ってみても、このときめきを隠しきれない。あなたにそんな私の気持ちがわかりますか?と言うのですね。詠み手のドキドキが聞こえてきそうです。

    • 山川 信一 より:

      自分でも気が付かないうちにこんなに恋をしていた、そんなシチュエーションもありそうですね。「葦鴨」と「白波」は、どちらもビジュアル的にもサウンド的にも、詠み手の、平生とは異なる胸の内を暗示していますね。

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