《雄々しさ》

題しらす 読人しらす

いせのうみにつりするあまのうけなれやこころひとつをささめかねつる (509)

伊勢の海に釣りする海人の浮子なれや心一つを定めかねつる

「伊勢の海に釣りをする漁師の浮きであるので、心一つを定めかねてしまったか。」

「(浮子)なれや」の「なれ」は、断定の助動詞「なり」の已然形。「なれば」の「ば」が省略された言い方。「・・・なので」の意。「や」は、係助詞で疑問を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「(かね)つる」は、意志的完了の助動詞「つ」の連体形。
私は、あなたに恋をして、絶えず揺れ動いています。心はまるで伊勢の海で釣りをする漁師の浮きのような状態です。これは、私が自分の意志で心の一定の状態を保ち得なくしてしまったのです。
恋によりひと所に落ち着かない心を浮きにたとえ、映像化している。そして、心が落ち着かない責任は自分にあるとしている。相手のせいにしていない。自分の意志でこの状態になったと言うのである。つまり、「ぬる」と言って、女々しく相手の同情を買おうとはしていない。「つる」で男らしさをアピールしている。口説き方も様々である。編集者はこの「つる」の使い方を評価している。前の歌とは海繋がりである。

コメント

  1. すいわ より:

    「あなたのせいで恋に溺れてしまった」と「あなたを前にこの恋に飛び込まないでいられようか」。たった一文字でこんなにも印象が変わるのですね。表面的にはぷかぷかと漂って心許なげではあるけれど、「海人」を持ってくることで力強い印象になり、水面下(心の内)は激しく揺さぶられて自らを保つのがやっとなのだと見えない部分まで映像化されるようです。

    • 山川 信一 より:

      助動詞「つ」と「ぬ」の使い分けには、注意が必要です。ここに作者の思いが込められているからです。自分勝手に解釈するわけにはいきません。
      「海人」も雄々しさをイメージさせるのに一役買っていますね。また、餌に食いついて浮きの揺れを止めてくださいとも読めそうですね。

  2. まりりん より:

    海面にぷかぷか浮いている浮きに、心が定まらずふらふらしている様子を例えていますね。遠くに去るでもなく、強引に近づくわけでもなく、元は海面下で固定されている。優柔不断に見えるけれど、心の奥には確固たる覚悟がある。女々しそうに見えたけれど、実はひときわ男らしかったと。

    • 山川 信一 より:

      「元は海面下で固定されている」?これは少し違います。なぜなら、これは釣り竿の浮きのことですから。釣り針に餌を付け、水中にいい具合て足らして、その浮きの具合で魚が食いついたのかどうかを知るあの浮きです。

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