《菊に託す思い》

これさたのみこの家の歌合のうた きのとものり

つゆなからをりてかささむきくのはなおいせぬあきのひさしかるへく (270)

露ながら折りて挿頭さむ菊の花老いせぬ秋の久しかるべく

「是貞の親王の家の歌合の歌  紀友則
露が付いたまま折って冠に挿そう、菊の花を。変わらない秋が長く続くように、我が身の不老を願って。」

「露ながら」の「ながら」は、接尾辞で名詞について連用修飾語を作る。「・・・のままに」の意を表す。「挿頭さむ」の「む」は意志の助動詞「む」の終止形。「菊の花」は、倒置になっていて、「折りて挿頭さむ」の目的語になっている。また、「菊の花」以下も、倒置になっていて、「折りて挿頭さむ」の理由を述べている。「老いせぬ」の「ぬ」は、打消の助動詞「ず」の連体形。「久しかるべく」の「べし」は、助動詞の連用形で可能を表す。
菊の花に露が降りている。今日は寒い朝だ。冬も近そうだ。降りた露はまるで宝石のように美しく、菊の花を一際美しく見せる。露がこぼれないように折り取って冠に挿そう。この素晴らしい秋が移ろわず長く長く続き、私もそれにあやかることができるように。
露の降りた菊の花の美しさを賞讃し、この季節がいつまでも続くように願っている。秋が一年で一番いい季節であることを言う。そして、同時にそれに託して我が身の不老を願っている。当時は、菊の露が不老長寿に効き目があると考えられていた。これは、九月九日の重陽の節句での事なのだろう。何かの時に時節の花をかざすのが当時の風習であったから。ただし、その中でも菊は、長寿に関わる、霊験あらたかな特別の花だったようだ。この風習は、現代でも少し形を変えて菊酒という形で残っている。

コメント

  1. すいわ より:

    冠に季節の花を挿す、梅の花の歌もありましたね。あちらは花盛りの梅で老いを隠す、といった感じでしたが、こちらは季節も相対して秋、若さがいつまでも続く事を願っている。「老い」と言いながら、その身で老いを知っているわけではない。梅も菊も香りが強く、霊験のようなものを感じさせていたのでしょうか。
    露に濡れたみずみずしい菊、これも何か新しさを感じさせて、現代の「暮れていく秋」「枯れ朽ちる」といったイメージからかけ離れた、染められ満ちていく実りの印象の方が平安人には強かったのだろうかと思いました。

    • 山川 信一 より:

      菊に露を加えるとまた受ける印象が変わってきます。そこに瑞々しさ、新鮮さを感じたのでしょう。だから、それにあやかろうと、冠に挿したのでしょう。
      紅葉の錦の華やかさとはまた異なった秋がここにはありますね。

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