《逢うは別れの始まり》

からもものはな  ふかやふ

あふからもものはなほこそかなしけれわかれむことをかねておもへは (429)

逢ふからも物は尚こそ悲しけれ別れむ事を予て思へば

「逢うとすぐに物はやはり悲しいことだが・・・。別れることをあらかじめ思うから。」

「からも」の「から」は、接続助詞で「・・・するだけでもう・・・」の意を表す。「も」は係助詞で「もう」という思いを強めている。「こそ」は、係助詞で強調を表し、係り結びとして働き、文末を已然形にし、以下に逆接で繋げる。「(別れ)む」は、助動詞「む」の連体形で未確定を表す。「(思へ)ば」は、接続助詞で原因理由を表す。倒置になっている。
人に出逢う。それは嬉しいことだ。けれど、どんな出逢いにも必ず別れが来る。そのことをあらかじめ思ってしまう。だからだろうか、逢った時から既に物事はやはり悲しく感じられる。しかし、だからと言って、逢いたくないとは思わないけれど・・・。
逢うは別れの始めである。そう思えば、逢った時から別れを思い悲しくなる。逢う喜びが大きければ大きいほど、別れる悲しみも大きくなる。これは、恋に於ける普遍的感情である。したがって、歌としては、やや主題が平凡ではある。しかし、表現は過不足無く整っている。さて、どこにどんな題が隠されているのだろうか。『古今和歌集』を見ないで考えてほしい。

コメント

  1. すいわ より:

    ふふふ、今度は「桃の花(もものはな)」ですね。梅、桜、季、桃。編纂室でそれぞれ割り振って歌に詠み込んでいる様子を思い浮かべてしまいます。「言い出したのは貫之殿なのだから、文字数多いのはお任せした!」「えらいことを提案してしまった、、」「やった!梅を取った、でも思いの外、難しい、、」

    • 山川 信一 より:

      『古今和歌集』は、きっとそんな風に若手の歌人達が画期的な歌集を作ろうとしたのでしょう。その様子を想像すると楽しいですね。

  2. すいわ より:

    貧しくも物はなくとも一輪の
    花に震える心ありなむ

    • 山川 信一 より:

      お上手です。ただ、「貧しくも物はなくとも」の「も」の重なりにやや不自然さを感じてしまいます。
      私は正解を知っているので、こんな風に作って見ました。*人からも物の話は聞きしかど信濃の里は今盛りなり

  3. まりりん より:

    「もものはな」が見えます。でも、「すもものはな」の次が「もものはな」? 芸が無いように思えてしまいますが。。 あとは、「はなほ(鼻緒)」と「をかね(お金)」。これは絶対に違いますね。

    • 山川 信一 より:

      まりりんさん、鋭いです。「もものはな」では芸が無い、まさにその通りです。「はなほ(鼻緒)」と「をかね(お金)」は違いますが、これかなと思ってもその先を考える態度が大事です。
      私の先生は、「これだと膝を打った時こそ気をつけろ」と教えてくれました。
      さて、正解は「からもものはな」です。すなわち杏子の花。私の「人からも物の話は聞きしかど信濃の里は今盛りなり」は、杏子の里をイメージしてみました。

  4. すいわ より:

    「唐桃=杏」でしたか!からももってなんだろう?と思いました。知らないので桃にしてしまいました。また一つ、賢くして頂きました。

    • 山川 信一 より:

      当時は常識だったのでしょう。今では言いませんものね。これは仕方がないです。

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