《明石の旅情》

題しらす よみ人しらす/このうたは、ある人のいはく、柿本人麿か歌なり

ほのほのとあかしのうらのあさきりにしまかくれゆくふねをしそおもふ (409)

ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れ行く舟をしぞ思ふ

「題知らず 詠み人知らず/この歌は、或人が言うには、柿本人麻呂の歌である。
ほのぼのと明けてゆく明石の浦の朝霧に島に隠れながら進む船をしみじみ思う私だ。」

「ほのぼの」は、「明し」の枕詞。「あかし」は、「(夜が)明し」と「明石」の掛詞。「しぞ」の「し」は、強意の副助詞。「ぞ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「思ふ」は、四段活用の動詞「思ふ」の連体形。
ほのぼのと明けてゆく明石の浦は朝霧に包まれている。その中を一艘の船が進んでいく。その船はやがて島の蔭に隠れて見えなくなっていった。陸からその船をしみじみと見送る私がいる。
旅情を詠んだ歌である。当時の明石は、都から離れた僻地であった。瀬戸内海には島が多い。船は島に見え隠れしながら進んでいく。そんな風景を眺めるのも旅にあればこその経験である。その風景を動画のように描写し、最後にそれを見ている作者自身の姿を加えている。「思ふ」は、係り結びであるけれど、連体形なので「私」が省略されているように感じられる。

コメント

  1. まりりん より:

    明け方、白んでいく空に、波ひとつ立っていない静かな水面。静寂に包まれた早朝、一隻の小さな船が音も立てずにゆっくりと水面を進んでいく情景が浮かびます。こんなに早い時間に、漁の船でしょうか? 
    作者は良く眠れなかったのでしょうか? あるいは、海岸近くの松の根元で野宿したとか。。船を見送りながら、静かな時間に身を任せていたのでしょうね。

  2. すいわ より:

    重い緞帳がゆっくりと上がり、白々と夜が明けてくる。朝霧のベールに包まれる明石の浦。静かな瀬戸内の海、浮島の間を縫うように行く舟。これから始まる「旅」という舞台の楽屋裏を覗いているようです。さあ、物語(旅)が始まる。

    • 山川 信一 より:

      旅という物語がまさに始まろうとしているのですね。なるほど、旅はこんな風に始まるのでしょう。

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