《子との別れ》

をののちふるかみちのくのすけにまかりける時に、ははのよめる をののちふるの母

たらちねのおやのまもりとあひそふるこころはかりはせきなととめそ (368)

たらちねの親のまもりと合ひ添ふる心ばかりはせきな止めそ

「小野千古が陸奥の国の介に下った時に、母が詠んだ  小野千古の母
母親の守りとして添う心だけは堰き止めてくれるな。」

「たらちねの」は、「親」に掛かる枕詞。「せきな止めそ」の「せき」は、「関」と「堰」の掛詞。「な」は禁止の呼応の副詞。「そ」は、禁止の終助詞。
小野千古が東北の国司の次官になって東北に下ることになった。それは、経済的には有り難いことではあるけれど、家族が離れ離れになることでもある。ついて行かれない年老いた母親にとって、今生の別れかも知れない。しかも、東北は遠い。その道程にどんな危険があるかも知れない。息子の身が心配でならない。その思いを詠んだ。
この子をここまで育ててきたこの母の、子を守る心として子に寄り添う心だけは、関よ、止めてくれるな。子と一緒に通してやってくれ。
子の旅立ちに際して、自分がどれほど子のことを心配しているかを伝えている。これは、子と離れ離れになる時の、時代を超えた母親の普遍的な思いであろう。関という現実を踏まえることでリアリティを持たせている。また、関を擬人化し関に懇願することで、その哀しみを帯びた愛の強さを表している。

コメント

  1. すいわ より:

    都から見たら武蔵の国ですら遠いのに、東北ともなったら未開の、まさに未知の国。どんなに成長して大人になっても母にとって我が子は愛しい存在。一緒に行けるのなら行きたいし、身代わりになれるのならなりたいのでしょう。物理的に無理であってもせめて心だけはという気持ちの切実さは国境を超えて、時代を超えて、全ての人の共感を得られるものですね。

    • 山川 信一 より:

      子を思う母の心は、関所どころか、時代を超えてしまいます。その心は、母への信頼として、小野千古だけでなく、現代の我々にも守りとして寄り添っていますね。

  2. すいわ より:

    先生、「国語教室」5歳の誕生日、おめでとうございます!
    これまで四年間で「伊勢物語」「少年の日の思い出」「走れメロス」「握手」「盆土産」「羅生門」「山月記」「舞姫」「土佐日記」「徒然草」そして今学んでいる「古今和歌集」。
    書き連ねると、なんと沢山の学びを授けて頂いた事か。感謝してもし尽くせません。
    らんさん、まりりんさん、皆さんの先生は本当に素晴らしい。私は今までこんなに熱心に、全く知識のない生徒に寄り添って下さる先生に出会った事、ありませんでした。学べるって幸せですね。この教室で一緒に学べる事にも感謝。
    長い長い学びの旅、これからもどうぞ宜しくお願い致します。

    • 山川 信一 より:

      すいわさん、身に余るお言葉をありがとうございます。教師冥利に尽きます。こちらこそよろしくお願いします。

  3. まりりん より:

    様々な別れの形がありますね。転居、転勤、卒業、離婚、死別。間柄も友人、夫婦、兄弟、そして親子。特に、子の出発を見送る立場の親は、今生の別れかも知れない寂しさや不安、子の身を案じる気持ちなど、表面に出さずに胸の内に抱えてじっと我慢するでしょうか。「守り」「添う心」に切なさが滲み出ているように感じます。

    • 山川 信一 より:

      母の子を思う心は、子を守り子に寄り添っているものです。この歌からその嘘偽りのない愛が伝わってきますね。

  4. まりりん より:

    そうでしたか、5周年なのですね! 先生、おめでとうございます!!
    毎日続けるとは、とても尊いことだと思います。
    私は最近お教室に入れていただきましたが、良いペースで楽しく学び直しができています。卒業してから何十年も経ってしまいましたが、勉強はいつ始めても構わないこと、改めて実感しています。
    このお教室が、ずっと続きますように。

    • 山川 信一 より:

      ありがとうございます。ただし、5周年ではなく、5年目の誕生日です。楽しい学ぶができるように努めます。でも、『礼記』に「教学は相長ずる」とあるようにまりりんさんからも学びます。

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