『土佐日記』を教材に、この作品を鑑賞しつつ、日本語表現について考えていきます。ただし、この作品は、一筋縄では読み解けない難しい作品です。私一人では到底最後まで読み通せる自信がありません。しかし、この作品は、日本語表現を考える場合、見過ごす訳には行かない作品です。私だけでなく、誰にとっても有益な作品です。そこで、皆様の手をお借りして共に読み解いていこうと考えています。差し詰め、私は指揮者のつもりです。毎回問いを出します。よろしければ、コメントに答えをお書きください。それを元に次の授業を進めます。
幸い、『土佐日記』は奇跡的に紀貫之自身が書いた通りの文章が伝わっています。(多くの古典作品は藤原定家による解釈が加わっています。)『土佐日記』本文は、その表記に従います。ただ、読みやすいように句読点は加えています。ただ、時にはそれに囚われない方がいい場合もあるので、注意が必要です。
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