第六十二段    幼き内親王の才気

 延政門院いときなくおはしましける時、院へ参る人に御言づてとて申させ給ひける御歌、

ふたつもじ牛の角もじすぐなもじゆがみもじとぞ君はおぼゆる

 こひしくおもひまゐらせ給ふとなり。

延政門院:後嵯峨天皇の第二皇女悦子内親王。
申させ給ひける:「申さ」は、院(後嵯峨上皇)への敬意。「せ」は使役。給ひ」は、延政門院への敬意。
まゐらせ給ふ:「まゐらせ」は、院(後嵯峨上皇)への敬意。「給ふ」は、延政門院への敬意。

「延政門院が幼くいらっしゃった時、院に参上する人にお言付けと言って申し上げさせなさった御歌、
 二つ文字牛の角文字直ぐな文字歪み文字と私にお父様は思われます。
 恋しく思い申し上げなさるという意味である。」

「ふたつもじ」は、「こ」、「牛の角もじ」は、「い」(字形から「ひ」も考えられる。)、「すぐなもじ」は、「し」、「ゆがみもじ」は、「く」と読み解ける。謎掛けの歌である。これらの文字が当時一般にこう呼ばれていたかどうかはわからない。むしろそうではなかったのだろう。これは、延政門院の創作に近い。だからこそ謎掛けになったのだ。なかなかの才気である。
女の子は、幼くてもそれなりにしたたかである。延政門院は、自分が父からどう見られているか、どうしたら喜ばせるかをちゃんと心得ている。幼さを演じつつ、その期待に応える歌を作って見せた。

コメント

  1. すいわ より:

    この歌、知っています。どこで耳にしたものか、徒然草の中で紹介されていたのですね。
    「お父様は私が恋しいでしょう?」と小さな姫君が歌を持たせる。ひらがなの文字に擬える辺り、幼さを感じさせますが、どうしてその内容の周到なこと。父親が娘に甘くなるのもわかります。

    • 山川 信一 より:

      「君はおぼゆる」は、「お父様も私が恋しいでしょう?」という思いはあるでしょうが、「お父様は私が恋しいでしょう?」ではありません。「私にお父様は恋しく思われます」の意です。つまり、お父様がいらっしゃらなくて、寂しく思っていますと言っているのです。
      その気持ちを謎掛けで表して、幼さを演じてみせたのです。しかし、その素顔は、機知に富んだしたたかな少女です。

      • すいわ より:

        「あなたを恋しく思っています」、「君をおぼゆる」と記憶していて「君“は”おぼゆる」あら?っと迷子になりました。「私にお父様は恋しく思われます」納得です。
        「お父様はいつお家にお帰りになるの?」という幼な子の言葉のようですが、そんなに小さな子、と言うわけではなさそうですね。

        • 山川 信一 より:

          この歌は、いとけない子を演じていますね。大した機知です。
          だから、女というヤツは・・・。

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