《技巧の理由》

題しらす つらゆき

てもふれてつきひへにけるしらまゆみおきふしよるはいこそねられね (605)

手も触れで月日経にける白真弓おきふしよるはいこそ寝られね

「題知らず 貫之
手も触れず月日を経てしまった白真弓を扱うように起き伏し夜は寝ることもできないが・・・。」

「手も触れで月日経にける白真弓」は、「おきふし」を導く序詞。「(触れ)で」は、接続助詞で、打消の意味を伴って繋げる。「経にける」の「経」は、下二段活用の動詞「経(ふ)」の連用形。「に」は、完了の助動詞「ぬ」の連用形。「ける」は、詠嘆の助動詞「けり」の連体形。「おき」「ふし」「よる」は、弓の扱い方を意味する動詞と「起き臥し夜」の掛詞。「いこそ」の「い」は「眠り」の意で、弓の縁語の「射」を掛けている。「こそ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を已然形にし以下に逆接で繋げる。「(寝)られね」の「られ」は、可能の助動詞「らる」の未然形。「ね」は、打消の助動詞「ず」の已然形。
手も触れないで月日を経てしまった白い真弓は「おき・ふし・よる・いる」こともしません。それと同じように、私はあなたに触れることもなく長い月日を過ごしてしまいました。起きても臥しても、夜は寝ることもできませんが、さすがにもう限界です。これ以上は耐えられません。後はあなた次第です。
作者は、白真弓という新鮮な題材を使うことで、相手の心を惹き付けようとしている。「白真弓」は、相手の女性の張りのある白い肌を連想させる。また、序詞・掛詞・縁語と技巧を駆使することで、歌の技量によって、この恋に賭ける真剣さを伝えている。
この歌をもらったら、大抵の女は心動かされるのではないか。編集者は、歌の技巧をどう使えばいいのかのお手本として、この歌を収録したのだろう。恋の歌の一つの完成形を示したに違いない。

コメント

  1. まりりん より:

    何と粋な掛詞の使い方でしょう! それに、相手の女性を大切に思う気持ちが溢れていますね。確かに、この歌を贈られたら、捻くれ者の私でも惹かれてしまいます。

    • 山川 信一 より:

      まりりんさんは、「捻くれ者」なのですか。その自覚があるのは、きっと現実に相手を理解することに長けているからでしょう。お仕事上鍛えられたのでしょうか。その上じゃないと、捻くれることができませんから。

  2. すいわ より:

    恋の状態と弓の縁語を巧みに絡ませて今の心を伝えようとする。ふんだんに贅沢に技巧を使っているというのにすっきりと上品に纏まっていて、さすが貫之。八百善のお茶漬けを思い浮かべてしまいました。
    白真弓、弦さえ張っていないまっさらの美しい曲線。その身に触れて縁(弦)を結びたいのでしょうね。

    • 山川 信一 より:

      「八尾善のお茶漬け」とは、何とユニークなたとえでしょう。貫之も喜びそうですね。
      なるほど、白真弓は、女性の美しい体の曲線でもあるのですね。「その身に触れて縁(弦)を結びたい」気持ちも伝わってきますね。

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