《身に覚えのない噂》

題しらす よみ人しらす

かねてよりかせにさきたつなみなれやあふことなきにまたきたつらむ (627)

予てより風に先立つ浪なれや逢ふことなきにまだき立つらむ

「題知らず 詠み人知らず
予め風に先立つ浪なのかなあ。逢うことが無いのに早くも立っている。」

「浪なれや」の「なれ」は、断定の助動詞「なり」の已然形。「や」は、詠嘆の終助詞。「なきに」は、「凪に」と「無きに」の掛詞。「(立つ)らむ」は、現在推量の助動詞「らむ」の終止形。
波は風が起こすものと思っていたけれど、前もって風に先んじて立つ波もあるようだなあ。それで、噂の波がまだ凪の状態なのに、つまり、あの人に逢ってもいないのに、早くも立ってるのだろう。
噂を波にたとえた。本来、波は風が起こすもの、つまり、風が原因で波が結果であるとしている。それなのに、風の無い凪に波が立つように、逢ったという事実が無いのに噂が立ってしまったと言う。逢う以前に噂が先行してしまったことへのぼやきである。独白だろう。ただし、これを相手に贈ったのなら、こうなった以上、いっそ噂どおりになろうという誘いにはなりそうだ。
前の歌とは「波」繋がりである。この歌では、噂を波にたとえ、風と波の関係を事実と噂の関係に置き換えている。しかも、いずれも因果関係を超えることがあると言う。これは、噂の一面を捉えている。編集者は、その発見を評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    風。目に見えない不確実なものに翻弄される。流されるままになるくらいなら、利用してしまえ、と。なかなか強引ですね。そもそもその「噂」が流れているかすら不確か。
    常識を覆す見立てが面白いです。恋自体が理性で制御出来るものではないのだから、他者(風)の横槍によって行動するのでなく、自分の思いを押し通したい。相手の心を動かせるかは別として発想はユニーク。

    • 山川 信一 より:

      「そもそもその「噂」が流れているかすら不確か。」なるほど、その通りですね。「風」の無いところに「波」立てたのは、作者かも知れません。少なくともこう言えば、相手は本気にならざるを得ません。噂も使いようですね。

  2. まりりん より:

    火の無いところに煙が立った わけですね。噂通りになろう、と言う口実作りとして、作者が、わざと噂を流した可能性もあるかと思いました。

    • 山川 信一 より:

      確かに「作者が、わざと噂を流した可能性もある」これも有りですね。噂は流れてしまったら、消すことは困難です。何であれ、無いことを証明するのはほぼ不可能ですから。「ならば、いっそのこと」という気持ちになるかも知れません。

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