《号泣》

これさたのみこの家の歌合のうた よみ人しらす

あきなれはやまとよむまてなくしかにわれおとらめやひとりぬるよは (582)

秋なれば山響むまで鳴く鹿に我劣らめや一人寝る夜は

「是貞の親王の歌合の歌 詠み人知らず
秋なので、山が鳴り響くまで鳴く鹿に私は劣らないだろうか。一人寝る夜は。」

「秋なれば」の「なれ」は、断定の助動詞「なり」の已然形。「ば」は、接続助詞で原因理由を表す。「劣らめや」の「め」は、推量の助動詞「む」の已然形。「や」は、終助詞で反語を表す。ここで切れる。以下は倒置になっている。
秋なので、牡鹿が牝鹿を求めて山が鳴り響くように鳴いています。あなたにもその声が聞こえますか。私もあなたに逢えない悲しみに一人激しく泣いています。その声は鹿の鳴き声に劣るでしょうか。いえ、決して劣りません。なぜなら、あなたと共寝できないのですから。一人で寝る夜は、こんなにもつらいものなのです。
秋は牡鹿が牝鹿を求めて鳴く季節である。その季節感を取り入れて、今の思いを訴えている。この歌も強調表現である。しかし、現象としては有り得なくても、心理としては十分に有り得る。恋人を求める心の泣き声はそれほど大きいからである。この歌は、心理的真実を伝えている。だから、恋人は鹿の声を手掛かりにして、作者の思いのほどを受け取ることができる。
前の歌とは、「泣き」繋がりである。忍び泣きから号泣に変わっている。作者は、次のように論を展開する。異性を求めてなく(鳴く・泣く)のは鹿も人も変わらない。それは、生物としての自然な姿である。けれども、自分の思いは格別だ。独り寝がつらく、鹿の声に劣らない大きな声で泣いているのだと。この歌は、自分の思いに正直で説得力がある。そして、表現としては「らめや」の反語、倒置によって巧みに構成している。編集者は、この展開・表現を評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    真っ直ぐに気持ちを押し出してくるのですね。恋する季節、鹿は甲高く鳴いて宣言するかの如く声を山々に響き渡らせる。あの声に私の泣き声は劣っているか?いや劣るはずがない、他でもないあなたを求める気持ちは誰にも負けないのだから。鹿の声を聞いたなら私を思い出してください、秋の長い夜を一人、泣き過ごす私を。鹿の鳴き声は好意的に捉えられていたのでしょうね。

    • 山川 信一 より:

      ここまで素直に言われると、受け取る方も受け入れやすそうですね。誇張表現は嫌みにならないようにすることが大事ですね。牡鹿の牝鹿を求める声は好意的に捉えられていたはずです。男も女も恋には好意的ですから。

  2. まりりん より:

    この歌では、鹿の鳴き声に勝るとも劣らず激しく泣いていますね。確かに、日本人だからといって忍びなくばかりではないようです。我慢せずに泣くことは心の浄化になるそうですし、歌を送られる方も素直な気持ちを打ち明けられたら惹かれることでしょう。

    • 山川 信一 より:

      日本人だっていろいろな人がいますからね。でも、忍び泣くのが日本人の美徳の一つであることは確かです。我々は、つらさや悲しさに堪えて、人知れず悲しむ人を偉いと思います。

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