《春の賀の歌 その一》

内侍のかみの右大将ふちはらの朝臣の四十賀しける時に、四季のゑかけるうしろの屏風にかきたりけるうた  そせい法し

かすかのにわかなつみつつよろつよをいはふこころはかみそしるらむ (357)

春日野に若菜摘みつつ万世を祝ふ心は神ぞ知るらむ

「内侍の長である藤原満子が兄である藤原朝臣定国の四十賀をした時に、四季の絵が描いてある定国の後ろの屏風に書いた歌  素性法師
春日野に若菜を摘みながらあなたの万年の齢を祝う私の心は神様こそが知っていることだろう。」

「(摘み)つつ」は、接続助詞で反復継続を表す。「(神)ぞ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「(知る)らむ」は、現在推量の助動詞「らむ」の連体形。
今日は、初春の若菜摘みの日です。私は春日野で邪気を払い万病を防ぐという七種の野草を摘みながら、お兄様の万年の齢を願う四十の賀を祝っております。この私の真心が嘘偽りのないものであることは、誰あろう神様こそがご存じでいらっしゃることでしょう。
屏風絵には、正月の宮中行事である若菜摘みが描かれていたのだろう。素性法師は、その女性に満子を重ね、兄定国を思う気持ちを想像して詠んでいる。「神ぞ知るらむ」は、354の歌でも用いられていた。素性法師の好きな表現だったのだろう。この歌では、兄を思う妹の健気さがこの言葉によく表れている。

コメント

  1. すいわ より:

    兄の四十歳のお祝いを妹が催したのですね。お祝いの席に飾られた屏風絵から若菜摘みを選んで素性法師は歌を詠んだ。きっとお祝いの席は春まだ浅い頃だったのですね。
    若菜を摘むというささやかな行為が相手の健やかな日々をつくり、長寿へと導く。「兄様に長生きして欲しいという私の願いを神は見ているのだから、きっと叶えて下さる、、」
    宴席の和やかな雰囲気が素性法師にこの歌を詠ませたのでしょう。寒さの残る頃でしょうに、柔らかな暖かさを感じさせます。

    • 山川 信一 より:

      なるほど、宴席の和やかな雰囲気が感じられますね。まだ寒いが故にかえって、妹の温かな心が感じられますね。

  2. まりりん より:

    前の歌は娘から父へ、これは妹から兄へ、なのですね。病気を防いで身を守ってくれる若菜を、お兄様を助け支えていく自分と重ねているように思えます。春の野に吹く風のように、暖かさと爽やかさを感じます。

    • 山川 信一 より:

      なるほど「若菜」は、自分なのですね。妹のさりげない自負心が感じられます。兄妹の仲のよさがうかがわれますね。

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