《飛んで火に入る夏》

題しらす 読人しらす

なつむしのみをいたつらになすこともひとつおもひによりてなりけり (544)

夏虫の身をいたづらになすことも一つ思ひによりてなりけり

「夏虫が身を虚しくすることも一つの思いによってであったなあ。」

「思ひ」には、「火」が掛かっている。「(なり)けり」は、詠嘆の助動詞「けり」の終止形。
夏虫である蛾は、自分から火の中に飛び込んでその身を虚しく滅ぼします。それが「火」というものの魔力なのでしょう。今の私には蛾の気持ちがよくわかります。なぜなら、この私もあなたへの一途な恋という「火」によって身を滅ぼそうとしているからです。もう恋のためにこの身がどうなっても構いません。
「飛んで火に入る夏の虫」は、誰でも知っている。作者は、恋する自分を夏の虫にたとえ、可視化して見せた。作者は、恋という炎に分別を失っていることを伝えている。しかし、それについては一切言っていない。それでいて、読み手に十分わかるように仕掛けている。
前の歌とは、夏の虫繋がりである。「蝉」と「蛍」から「蛾」に変わった。編集者は、「蛾」の習性によって、自分を語らずに自分伝えるという技法を評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    前の歌よりも格段にスマート。「いたつらになすこと“も”」の“も”で詠み手“も”同様に身を焦がしていることを示しているのですね。歌にする事で、皆がよく見聞きし当たり前の事と認知している事象が、詠み手の心として可視化され、相手へ伝わるようにしっかり機能している。恋の炎にその身を焼いて命を失ったとしても「(なり)けり」、後悔はないのでしょうね。

    • 山川 信一 より:

      夏の虫(蛾)に共感する体によって、自分の今を肯定しているのですね。確かに「スマート」で潔い。押しつけがましさがありませんね。

  2. まりりん より:

    恋するあまりに冷静さを失っているのでしょうか。あなたの為なら、この身が燃えてしまっても構わない。
    一途な思いが直に伝わってきますね。狡さとか企みなどは全く含まない素直な思い。若い人が詠んだ歌のように思えます。

    • 山川 信一 より:

      確かに「狡さとか企みなどは全く含まない素直な思い」が伝わって来ます。「若い人が詠んだ歌」に同感です。

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