《切々たる思い》

人のせんさいにきくにむすひつけてうゑけるうた 在原なりひらの朝臣

うゑしうゑはあきなきときやさかさらむはなこそちらめねさへかれめや (268)

植ゑし植ゑば秋無き時や咲かざらむ花こそ散らめ根さへ枯れめや

「人の庭の植え込みに菊に結びつけて植えた時の歌  在原業平朝臣
丁寧に植えたなら、秋が無い時は咲かないだろうか。花は散るだろうが、根まで枯れることがあろうか。」

「植ゑし植ゑば」の「し」は、強意の副助詞。動詞の意味を強めている。「植ゑば」の「植ゑ」は、ワ行下一段活用の動詞「植う」の未然形。「ば」は、接続助詞で仮定条件を表す。「時や」の「や」は、係助詞で反語を表す。係り結びとして働き、文末を連体形にする。「咲かざらむ」の「ざら」は、打消の助動詞「ず」の未然形。「む」は、推量の助動詞「む」の連体形。ここで切れる。「花こそ」の「こそ」は、係助詞で強調を表す。係り結びとして働き、文末を已然形にする。ここで切れつつ、次の文に逆接で繋がる。「め」は、推量の助動詞「む」の已然形。「根さへ」の「さへ」は、副助詞で添加を表す。「枯れめや」の「め」は、推量の助動詞「む」の已然形。「や」は、終助詞で反語を表す。
ゆかり有る人の庭の植え込みに菊を植えた。その折、菊に歌を結びつけた。
こうしてよくよく注意して植えるなら、秋が無い時は咲かないだろうか、いや、そんな年は無いはずだから、必ず毎年咲くはずだ。なるほど、花は時期が来れば散るだろう。しかし、根まで枯れるだろうか、いやそんなことはないだろう。だから、必ず毎年また咲く。
菊を植える際に、枯れることなく毎年咲いてくれるように願って詠んだ。人の家の植え込みに植える際に詠んでいることから、菊にこの家の主への思いを託していることがわかる。その思いとは、「私はあなたを忘れません。だから、あなたも菊が咲く度に私を思い出してください」というものである。それを植え方・咲く時節・散ること・根の枯れと四段階で、くどいまでに表現している。そこに作者の切々たる思いの強さが表れている。
ちなみに、同じ歌が『伊勢物語』第五一段にも載っている。

コメント

  1. すいわ より:

    印象深かったので、この歌を見てすぐに『伊勢物語』を思い出しました。
    菊(歌を贈った相手)に対する思い、見えない根(心)にまで畳み掛けるように歌っています。同じ音が繰り返し出てくるリズムも継続感を感じさせ、この地に植っている菊に結びつける事で思いも続くことを暗示しているようにも思えます。
    歌を詠んで花の枝に結んで贈ることは良くありますが、今そこに咲いているものに結ぶこともあるのですね。
    伊勢物語の時はどんなふうにコメントしていたか、、見てきます。

    • 山川 信一 より:

      確かに同じ音が繰り返されていますね。音読すると心地いい。それを含めてこの歌は本当に凝っていますね。さすが業平です。
      切った花に結びつけて歌を贈るなら、植えた花に花を結びつけて贈ることもその応用としてあり得ます。気が利いていて、印象深いでしょう。

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