《涙の水上》

題しらす 読人しらす

なみたかはなにみなかみをたつねけむものおもふときのわかみなりけり (511)

涙川何水上を尋ねけむ物思ふ時の我が身なりけり

「涙川はなぜ水上を尋ねたのだろう。それがものを思う時の私の身であったなあ。」

「(訪ね)けむ」は、過去推量の助動詞「けむ」の連体形。ここで切れる。「なりけり」の「なり」は断定の助動詞「なり」の連用形。「けり」は、詠嘆の助動詞「けり」の終止形。
涙の川は、なぜ水上を尋ねたのでしょうか。その訳は、涙がどこから流れて来るのか疑問に思っていたからです。何と、その涙の川こそが恋する今の私そのものなのでした。私もこの涙がどこから流れて来るのか知りたくて、尋ねてみました。すると、止めどなく流れる涙の川の水上はあなただったのですね。あなたが何とかしてくれなければ、涙は止めようがありません。止められるのはあなただけなのですよ。
題材が海から川に変わっている。ただし、実際の川ではなく、たとえの涙川ではあるけれど。作者は、涙が川であるなら、何が言えるかを考えた。それを材料に相手に思いを訴えている。物事には何でも原因があって結果がある。涙川という結果は、あなたという原因によるのだと。こうして、相手に原因としての責任を求めている。第四句「ものおもふときの」が字余りになっている。ただし、「もの」の「の」の母音の「o」と「おもふ」の「お」の音が重なるので、許される。発音が「ものもうときの」になるからである。また、「なみたかは」「なに」「みなかみを」と「な」の音を、「なみだ」「みなかみ」「わかみ」と「み」の音を繰り返して、歌の調べをよくしている。編集者は、こうした着眼点の面白さと音へのこだわりを評価したのだろう。

コメント

  1. まりりん より:

    貴女を思い涙が川のように流れ続けて止まらない。貴女がこの思いを受け入れてくれなければ、涙を止めることは出来ないのです。どうか受け入れて下さい。
    川の水のように溢れる思いを感じます。

    • 山川 信一 より:

      涙は、川のように溢れる涙なのですね。大袈裟なたとえですが、心は伝わりますね。

  2. すいわ より:

    川の流れは絶える事なく海へと注ぐ。あの川の水は一体、何処から湧き出てくるのかと言うのですね。ならば私がその源流を訪ねて見て参りましょう。あぁ、この川は涙の川だったのです。その源には私がいて、あなたを思う切ない心が涙の川となって、止めようもなく海を目指して流れ出たものなのです。
    漢字混じり(青字)と訳(緑字)で、たずねる(訪・尋)と字が変わっていたので、さてどちらだろう?と、両方を入れてみました。ちょっと無理があるかも?

    • 山川 信一 より:

      「たづねる」は、漢字で「訪」と「尋」に区別できますが、日本語では本意は同じことです。ただし、行動を伴うのが「訪ねる」で、心だけで求めるのが「尋ねる」です。この歌では、実際に訪ねていないので、尋ねるがふさわしいでしょう。漢字交じりの「訪」は「尋」に訂正します。

      • すいわ より:

        「尋」とすると、「涙川」が何故、流れるのか、源(原因)を見定めよ、となりますね。なるほど。

        • 山川 信一 より:

          「たずねる」は、「尋」「訪」を含んだ意味なので、区別して使っているわけではありません。そもそも、日本語では掛詞という表現が好まれますから。

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