《夏の恋》

題しらす 読人しらす

なつなれはやとにふすふるかやりひのいつまてわかみしたもえにせむ (500)

夏なれば宿に燻ぶる蚊遣火のいつまで我が身下燃えをせむ

「夏なると宿にくすぶる蚊遣火のようにいつまで我が身は下燃えをするのだろうか。」

「夏なれば宿に燻ぶる蚊遣火の」は、「下燃え」を導く序詞。「下燃え」は、「燃えないで下で燻ること」と「心の中で人知れず思い焦がれる」の意が掛かっている。「(せ)む」は、推量の助動詞「む」の連体形。
夏の夜はこうして廊に出てあなたを思っています。そこに置かれた蚊遣火が燻っています。この蚊遣火こそが私の心なのです。私の身は一体いつまで心の中で人知れずあなたを思に思い焦がれているのでしょうか。
夏の風物を詠み込んで恋心を訴えている。風物をいかに巧みに、そしてさりげなく詠み込むかが腕の見せ所である。「蚊遣火」を「我が身」にたとえたところに発見がある。相手は、これ以後は「蚊遣火」を見る度に作者の心を思わずにいられなくなる。編集者は、たとえのバリエーションを並べている。これは、たとえの夏バージョンである。

コメント

  1. すいわ より:

    なるほど誰もが必ず用いるもの、身近なものを詠う事によって意識せざるを得ない状況を作るのですね。平安時代、蚊遣ってどんなものだったのでしょう?煙らせるのなら油質な針葉樹の生葉でも焚いたのでしょうか。燃え上がることもできず燻る思い。不完全燃焼の心。いつまで待てばいい?
    歌を贈られた人は蚊遣火の白い煙と香りに包まれる事で目の前でそう問われているような思いになることでしょう。暗闇に形の無い心が浮かび上がる。夏の夜のありきたりな景色が特別な印象となって心に残ります

    • 山川 信一 より:

      昔の蚊遣は、よもぎの葉、カヤ(榧)の木、杉や松の青葉などを火にくべたとあります。燃え上がらず、煙が出るものにしたのでしょう。この歌は平凡な風景を特別なものに変えてしまいましたね。

  2. まりりん より:

    燻り続け、時間をかけて灰になっていく蚊遣火。それはまるで、消えるでもなく燃えるでもなく、進展しないまま貴女を思い続ける私の心のよう。いっそのこと、燃え尽きてしまえばもっと楽になれるのに。。  

    秋、春、夏ときましたね。次は冬の恋でしょうか?

    • 山川 信一 より:

      蚊遣火は、燃え上がることも燃え尽きるこもなく、燻り続けます。まさに、秘めた恋心をたとえるのにふさわしいですね。
      冬なら何にたとえればいいでしょうか?腕の見せ所ですね。

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