《効果的なたとえ》

題しらす 読人しらす

あしひきのやましたみつのこかくれてたきつこころをせきそかねつる (491)

あしひきの山下水の木隠れて滾つ心を堰きぞかねつる

「山の下水が木に隠れて激しく流れるような心を止めかねている。」

「あしひきの」は、「山」の枕詞。「あしひきの山下水の」は「木隠れて滾つ」の序詞。「(堰き)ぞ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「つる」は、意志的完了の助動詞「つ」の連体形。
表には現れていませんが、山には、木々の下に隠れて水が激しく流れています。それと同様に、私のあなたへの恋心も、表には現れていませんが、沸き溢れ、あなたへと流れています。それは、制しがたい程になってしまいました。
恋は秘め事で、他人に見せる物ではない。だから、恋心がいかに激しいものでも、うちに秘めつつ、いつもと変わらず振る舞おうとしなければならない。しかし、それでいて恋の相手にはわかって貰いたい。この歌は、そんな矛盾する事情を詠んでいる。そこでは、その心をいかに生き生きとたとえるかが鍵となる。陳腐なたとえではダメだ。そこで用いたのが「山の下水」のたとえである。これによって、読み手は、作者の心をありありとイメージすることができたに違いない。心という形の無いものを伝えるためには、たとえが決め手になる。ちなみに、「あしひきの」という枕詞を使ったのは、特別感を出すためだろう。重々しさを感じさせようとしたのだ。

コメント

  1. すいわ より:

    「あしひきのやま」でいかにも泰然とした様子を見せてはいるけれど、いつ気持ちが溢れて本心が露わになってしまうことだろう。侃々と湧いて流れ出る水のように激しく迸る思い。必死で抑えようとしているけれど、木の葉一片翻ればこの思いは露見してしまう。隠し切れるものではない。(でも、この流れの行き着く先がどこであるかは知っておいででしょう?)

    • 山川 信一 より:

      作者が下水のたとえにこめた思いを具体的に述べてくれましたね。きっとこんな思いだったのでしょう。すいわさんのようにわかってくれる人がお相手だったらよかったですね。

  2. まりりん より:

    複雑な恋心を山の下水に例える。凡人はなかなかこの様には思いつきませんね。
    目立たず、しかし激しく流れる様子が苦しい胸の内をよく現していると思います。

    • 山川 信一 より:

      相手の心を捉えるには、凡庸なたとえではダメです。かと言って、奇を衒ったものでもいけません。以下に詩心のあるたとえにするか、そこに力量が問われます。平安貴族に学びたいですね。

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