《帰雁》

すみなかし しけはる(滋春)

はるかすみなかしかよひちなかりせはあきくるかりはかへらさらまし (465)

春霞中し通ひ路無かりせば秋来る雁は帰らざらまし

「春霞の中に通路が無かったら、秋来る雁は帰らないだろう。」

「(中)し」は、副助詞で強意を表す。「無かりせば」の「無かり」は、形容詞「無し」の連用形。「せ」は、サ行変格活用の動詞「す」の未然形。「ば」は、接続助詞で仮定条件を表す。「(帰ら)ざらまし」の「ざら」は、打消の助動詞「ず」の未然形。「まし」は、反実仮想の助動詞「まし」の終止形。
春霞が立って雁がその中の道を帰って行く。空が墨流しの水面のように見える。やはり寂しい。もし春霞の中に雁が帰っていく道が無かったら、秋にやって来た雁は帰らないだろうに。あの道さえなかったらなあ。
「すみなかし」(墨流し)とは、水の上の書画を描く技法。あるいは、顔料を水に浮かべ、それに紙や絹を染めたもの。いずれにしても、題を物名として潜ませることで歌に広がりを持たせた。つまり、空を水に見立て、帰って行く雁の姿を墨流しのようだと感じさせている。そして、雁が帰ってしまうことへの残念で寂しい思い、すなわち惜春の情を表している。

コメント

  1. すいわ より:

    春霞の歌の中に「すみなかし」を詠み込む。一幅の絵の中の時間経過を雲や霞で隔てて書き込むのが日本画の特徴ですが、空を絵に見立てて墨流しの霞、そこを渡り帰る雁。墨流しの模様が一つとして同じものがない事を考えると、この春は代え難い時。留めたい、でも流れて行く。ふっと吹きかければ消えてしまいそうな霞の道。なのに地上からただ見送るしかない寂しさ。なんとも切ない。

    • 山川 信一 より:

      素敵な鑑賞です。春霞の中に墨流しを詠み込んだ作者の意図を見事に受け止めています。この歌は物名の一つの完成形ですね。

  2. まりりん より:

    この歌も物名が背景に生きていますね。空を水に見立てる発想が素敵です。空に、墨流しで出来た薄墨の道の情景が浮かびます。

    • 山川 信一 より:

      墨流しから雁の変える春霞の空へという発想が独創的ですね。作者の詩心に感服します。

  3. まりりん より:

    試合すみ流した涙と汗のぶん強くなりしや彼の球児たち

    健闘していますね。

    • 山川 信一 より:

      まりりんさんは、頭がいいのか直ぐに物名ができますね。素晴らしい。
      *いつよりか甲子園の土持ち帰る涙を流す皆がしている

      悲しみ方にも様式があります。

    • すいわ より:

      健闘す皆が勝利を掴もうと入道雲に溶ける白球
      まりりんさん、私も甲子園、見てました!

  4. まりりん より:

    わぁ、すいわさん、素敵なお歌。情景が目に浮かびます。白球がバットに当たる瞬間の音まで聞こえてきます。
    私は、何だか既視感のある最近いうところの「ベタ」な歌になってしまって、反省しているところです。

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