《ライバルに対抗》

やよひはかりに物のたうひける人のもとに又人まかりつつせうそこすとききてつかはしける つらゆき

つゆならぬこころをはなにおきそめてかせふくことにものおもひそつく (589)

弥生ばかりに物宣びける人の元に又人罷りつつ消息すと聞きて遣はしける 貫之
露ならぬ心を花に置き初めて風吹くごとに物思ひぞつく

「弥生三月桜の花が咲く頃、ものをおっしゃった、つまり私に心を開いてくださった女性の元に私以外の男が何度も訪れては手紙を遺すと聞いて、この女に贈った  貫之
露ではない心を花に置き始めて風が吹くごとに物思いがついた。」

「(露)ならぬ」の「なら」は、断定の助動詞「なり」の未然形。「ぬ」は、打消の助動詞「ず」の連体形。「(物思ひ)ぞつく」の「ぞ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「つく」は、四段活用の動詞「つく」の連体形。
露のようにかりそめではない私の心を花のように美しいあなたに置き始めて以来、別の男があなたに声を掛けているという噂を聞く度に、花が散らないか(あなたの心が他の男に靡かないか)という心配に取り憑かれています。
恋にはライバルが現れることもある。魅力的な女性ならなおのこと。作者は、自分がようやく懇ろになった女性に別の男が度々やってきては口説いているという噂を聞く。女の心がその男に移るのではないかと、心穏やかではなくなる。何とか自分に留めて置かなくてはならない。しかし、よんどころない事情があり、度々訪ねてはいけない。だから、その男よりも気の利いた歌で自分の力量を示して対抗するしかなかった。そこで、「露」「花」「風」という自然物に託して巧みに心を伝えている。
この歌は、前の歌の続きであろうか。そう読むことができる。恋はドラマである。歌はその中でこそ生かされる。編集者は、その手本を見せたのだろう。

コメント

  1. まりりん より:

    確かに、この歌は前の歌の続きのようですね。この状況を考えると、前の歌が呑気に思えてきます。作者は、ライバルが現れた噂を聞いて心穏やかでなくなった。女性にとっては、その方が都合が良かったりもします。男性が焦ってせっせと尽くしてくれたり、お世辞で持ち上げてくれたり。。恋に限りませんが、ライバルがいると切磋琢磨で磨かれるので、男性にとっても良いことだと思うのですが。

    • 山川 信一 より:

      確かにそうですね。それが理楚王です。それにしても、女でも男でもモテる人は余裕があっていいですね。選び放題なのですから。一方、選ばれる方はと言うと、「切磋琢磨で磨かれる」と前向きに考えればいいのですが、嫉妬の炎を燃やすことも多いのですないでしょうか。なかなか理想通りには行かないものです。

  2. すいわ より:

    「花に置いた露、あれは露ではなくてね、、。気掛かりでならないのです、その美しい花を知って以来、風が吹く度に花がどうなるか心配で仕方がなくなるのです、、」これも情景を歌っているかと思いきや、「あなたを知って以来、ちょっかいを出す奴の噂を聞く度にあなたが(風だけに)靡いてしまわないか不安に駆られて思い悩んでしまうのです。花に置く露、あれは私のそんな思いの涙なのですよ」なのですよね。遠距離恋愛をされている方々はどうぞお手本にと思える、まさに気の利いた歌、ですね。

    • 山川 信一 より:

      いつものように素敵な鑑賞です。人間関係が生き生きと見えてきます。ただ、「露ならぬ心」の「露」が涙だというのはどうでしょう?「露ならぬ」(露のように一時的なものではない)と言っているので、「露」を「涙」とすると、涙が一時的なものになってしまいます。さすがに同時には成り立たない気がします。

      • すいわ より:

        「露ならぬ」で区切って読んでしまいました。「君への思いは露のように儚い仮初のものではない」という事ですね。納得しました。

        • 山川 信一 より:

          そうでしたか。わかりました。ここは、「なら」が未然形なので、「ぬ」は打消の助動詞「ず」になります。すると、「心」を修飾することになります。

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