《音による恋》

題しらす つらゆき

あふことはくもゐはるかになるかみのおとにききつつこひわたるかな (482)

逢ふことは雲居遥かに鳴る神の音に聞きつつ恋ひ渡るかな

「逢うことは空の遥かに鳴る雷のように音に聞きながら恋い渡ることだなあ。」

「逢ふことは」は、「音に聞きつつ恋ひ渡るかな」に掛かる。その間に、「音」に掛かる序詞「雲居遥かになる神の」が挟まれている。「音」は、〈噂〉の意を賭けている。「(聞き)つつ」は、接続助詞で反復継続を表す。「(渡る)かな」は、詠嘆の終助詞。
あなたと結ばれることは、空の遥か遠くで鳴る雷の音のように、私の手に負えるものではありません。私はあなたの噂を聞き聞きしながら、ずっとあなたを恋い続けるのであるなあ。
この歌は、序詞を用い「かな」で結び、前の躬恒の歌と同じ作りになっている。貫之は、躬恒の歌に対抗して作ったのだろう。ただし、同じように空を対象としても、「初雁の声」が「鳴る神の音」になっている。これは、恋の刺激の強さが増している状態を表している。そして、同時に自分の恋心の高まりを表している。二重のたとえに工夫がある。また、序詞の位置に工夫がある。序詞を歌の中程に挟んだ大胆で斬新な表現である。ここに表現の可能性を絶えず追求する貫之の姿勢が表れている。
この歌も前の歌と同様に女の同情心に訴えている。願いを直接言うのではなく、今の自分の状態を述べるに留めている。そのことで女が関われる余地を残している。

コメント

  1. まりりん より:

    鳴る雷と結びつくことで恋する気持ちの激しさが良く現れていますね。受け取る女性は、ドキッとするでしょう。この恋が実るか破綻するかは貴女しだい、と女性に投げかけているのですね。

    • 山川 信一 より:

      この女性は「雲居遥か鳴る神」のように遠い存在なのでしょう。私はあなたに近付くことなどできません。しかし、噂だけはここまで届いてきます。すると、それに呼応して私の恋心は高鳴るばかりです。私にできるのは、この心を伝えるだけです。この恋の行方はあなた次第です。と、こういった思いなのでしょう。

  2. すいわ より:

    貴女と結ばれるのは、あの雲に手を伸ばすようなもの、到底叶うものではありません。神々しく響き渡る貴女の名声を聞くにつけ、恋しく思わずにいられないのです、、序詞が状況と思いを仲立ちして見事に一つにまとめているのですね。出来る事ならこの歌のように雷神が貴女との縁を取り持ってくれれば良いのに。雷に打たれるような衝撃的な恋というより、むしろ神と崇めるような崇高な立場への手の届かなさを感じさせます。

    • 山川 信一 より:

      序詞の位置が「雷神が貴女との縁を取り持ってくれれば良いのに」という思いであるというご指摘は独創的で説得力があります。また、「鳴る神」のたとえが女性への崇高な思いを暗示するというのも納得できます。さすが貫之ですね。表現に一切無駄がありません。似た構造の歌でも、前の躬恒の歌を遥かに超えています。

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