《声による恋》

題しらす 凡河内みつね

はつかりのはつかにこゑをききしよりなかそらにのみものをおもふかな (481)

初雁のはつかに声を聞きしより中空にのみ物を思ふかな

「初雁のわずかに声を聞いてから中空にばかりものを思うことだなあ。」

「初雁の」は、同音の「はつか」を引き出す枕詞。「(聞き)し」は、過去の助動詞「き」の連体形。「(思ふ)かな」は、詠嘆の終助詞。
秋が来て初雁がやって来て、その声をちょっとだけ聞くと、その声が気になって、空ばかりが気になってしまうものです。今の私はそれと同様です。簀子まではと許されて、御簾越しにわずかにあなたの声を聞いて以来、私は何をしても上の空で物思いばかりするのです。ああ・・・。
初雁の声に思いを寄せることをたとえにして、恋しい人に心を伝えている。姿を見ることも恋のきっかけになるが、声を聞くことも同様である。恋は想像力の産物であるから、むしろわずかな刺激が恋を生み出すのだ。雁は、「かりがね(雁が音)」とも言う。雁は声の鳥であった。秋上に「秋風に初雁が音ぞ聞こゆなる誰が玉梓を掛けて来つらむ(友則)」ある。また、前の歌の「たより」に関連づけた。女に「たより(手紙)」をくださいと、請うている。

コメント

  1. すいわ より:

    初めて貴女のお声を聞いた時から、貴女を思ってただただ上の空の私なのです、、僅かにでも声の聞ける距離感の所で会ったことのある人。姿も見えない、触れる事も出来ない。このもどかしさが更に恋しさを増幅させます。声によってその存在に気付かされてしまう。人は視覚に頼りがちだけれど、嗅覚に次いで聴覚は本能に働きかけるものなのかもしれません。

    • 山川 信一 より:

      平安人は、現代人よりも声に反応したようですね。恋はほの暗い夜に為されます。見た目が重視されていたとは思えません。視覚が突出しているのが現代の文化です。その基準で考えるわけにはいかなそうです。おっしゃるとおり、声は本能に直に訴えてきそうです。なぜならば、外見はあくまでも外見にすぎません。それに対して、声は内面が感じられるからです。

  2. まりりん より:

    御簾越しに僅かに聞こえた声に恋をしてしまったのですね。人を惹きつける魅力的な声とは、どのようだったのでしょうね。何となく、澄んだ優しい声のイメージです。
    「ーーのどこが良い?」「声が大好き・・・」 ドラマか漫画に出てきそうなセリフですが、個人的には好きなシチュエーションです。なので、私だったら喜んで直ぐにお手紙差し上げてしまいます。

    • 山川 信一 より:

      すいわさんへの感想でも書きましたが、外見は外見にすぎません。そこで完結しています。それに対して、声は内面への想像を促します。つまり、その人に積極的に関わって行かれます。そう考えると、外見に惹かれるよりも声に惹かれる方が深いように思えてきます。声に惹かれてこそ、本物の恋かもしれえませんね。「私だったら喜んで直ぐにお手紙差し上げてしまいます」と言う、まりりんさんのお気持ち、よくわかります。

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