《波の春》

いかかさき 兼覧王

かちにあたるなみのしつくをはるなれはいかかさきちるはなとみさらむ (457)

かぢに当たる浪のしずくを春なればいかが咲き散る花と見ざらむ

「櫂に当たる波のしずくを春なのでどうして咲き散る花と見ないだろうか。」

「(はる)なれば」の「なれ」は、断定の助動詞「なり」の已然形。「ば」は、接続助詞で原因理由を表す。「いかが」は、副詞で反語を表す。「(見)ざらむ」の「ざら」は、打消の助動詞「ず」の未然形。「む」は、推量の助動詞「む」の連体形。
伊加賀崎の海を舟で行く。すると、櫂に白い波のしずくが当たる。季節は春である。だからだろう、この伊加賀崎では、そのしずくが咲いては散る花びらと見えてならないのだ。
伊加賀崎は、近江の国(今の滋賀県)の地名。春になると、すべてが違って感じられる。波の音が琴の音に聞こえることもあれば、波のしずくが花びらに見えることもある。春は、人の視覚や聴覚を詩的に変える季節なのだ。そんな伊加賀崎の春の気分を詠んだ。ただ、この歌の技巧は、物名と言うよりも「伊加賀崎」と「いかが咲き」の掛詞に思えてしまう。物名としては、あまり成功していない。

コメント

  1. すいわ より:

    春の穏やかな海に漕ぎ出でた。力強く漕ぐ船方の、櫂の雫が波間に散って船の行く後にあれよあれよと白い泡沫の花を流して行く。目にも華やかな光景ですね。確かに物名としては隠れてある感はありません。春の浮き立つ気持ちは伝わってきます。

    • 山川 信一 より:

      春の海に漕ぎ出した時の情景が浮かんでいますね。春は心浮き立つ季節です。
      これはいい歌なのですが、物名としてはどうなのか。時々こういう歌が挟まれますね。

  2. まりりん より:

    春は芽吹きの季節で、見るもの聞こえるもの、色々なものが新鮮に感じられるのでしょう。櫂に当たった波のしずくが、ここでは花びらに見えた。白玉に見えた人もいたかも知れませんね。飛び立つ鳥の羽とか。春が来た喜びが感じられます。

    • 山川 信一 より:

      そうですね。しずくは様々な連想を喚起しますね。それが春を強く感じていたので、花びらになったのでしょう。

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