《琴の音》

からことといふ所にて春のたちける日よめる 安倍清行朝臣

なみのおとのけさからことにきこゆるははるのしらへやあらたまるらむ (456)

浪の音の今朝から違って聞こゆるは春の調べや改るらむ

「からことという所で立春の日詠んだ 安倍清行朝臣
波の音が今朝から違って聞こえるのは、春の調べが変わっているからなのだろうか。」

「(調べ)や」は、係助詞で疑問を表し係り結びとして文末を連体形にする。「(変はる)らむ」、現在の出来事の原因理由を表す助動詞「らむ」の連体形。
波の音が今朝からこれまでと違って聞こえてくる。なぜだろうか。そうか、今日は立春で、ここは唐琴だからだ。春になったので、波の音も琴の音色と同様に調べが冬のものから春のものに変わったのだ。
ここからの物名は地名になる。「からこと」という地名は、実際にどう書いたのかはわからない。しかし、作者はそれを「唐琴」という意味に取った。そして、波の音を琴の「調べ」と捉え、波の音の違いに春を感じた。この地では、波の音から春がやってくると言うのだ。立春の喜びを地名と結びつける機知に富んだ歌になっている。

コメント

  1. まりりん より:

    波の音で春の訪れを感じる。なんと豊かな感性でしょう。
    どんな音に聞こえたのでしょうか。突き刺さるような冷たい音から、少しは優しい柔らかい音に聞こえたでしょうか。

    地名の物名とは。また見つけるのが難しそう。。

    • 山川 信一 より:

      地名が琴の音と波の音を結びつけたのですね。そう思ってみれば、両者には通じるところがありました。豊かな感性ですね。
      地名の物名は、まず無理ですね。よほど有名な地名でないと、題を当てることは出来ないでしょう。

  2. すいわ より:

    「春の海」という曲がすぐに頭の中で再生されました。近代に作曲されたものですが、琴の調べと穏やかな春の波とは相性が良いのでしょう。不自然さを感じさせず物名を織り込んであるところが秀逸。節分の宴でも開かれていて管弦の披露があったのではないかと思いました。

    • 山川 信一 より:

      『春の海』という琴の曲がありますね。それをこの歌から再生するのはさすがです。YouTuberで改めて聴いてみると、波との相性はよさそうです。
      「からこと」の地での立春。それにちなんだ歌を詠めという場面で作ったのでしょう。作者は、してやったりという思いでしょう

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