《人生の実相》

なし、なつめ、くるみ  兵衛

あちきなしなけきなつめそうきことにあひくるみをはすてぬものから (455)

味気なし嘆きな詰めそ憂き事に遭ひ来る身をば棄てぬものから

「無益だ。嘆き詰めるな。つらい目に遭って生きる身を棄てないものの。」

「味気なし」は形容詞の終止形。ここで切れる。「嘆きな詰めそ」の「な」は、呼応の副詞で禁止を表す。「そ」は、終助詞で禁止を表す。ここで切れる。「(身)をば」の「を」は、格助詞で対象を表す。「ば」は、係助詞「は」が濁ったもので、取り立てを表す。「(棄て)ぬものから」の「ぬ」は、打消の助動詞「ず」の連体形。「ものから」はあ、接続助詞で逆接を表す。倒置になっている。
無益でつまらないことだぞ。つらいことは、その身に次々にやって来る。その中で生きる身を捨てない。だから、嘆きたくなるのはわかる。ある程度は仕方がない。でも、だからと言って、そんなにひどく嘆き詰めるものではない。人生はそうしたものとして受け止めるしかないのだ。
不幸な目に遭い嘆き悲しむ失意の人を慰める歌だろう。人生の実相を説いている。二度の切れによって真心を伝えている。この歌も既に有る歌の中に題を探したのだろう。ここでも、こうしたタイプの物名があることを示している。したがって、題と内容の関連は見つからない。

コメント

  1. まりりん より:

    キナ、梨、棗、胡桃、、などでしょうか?

    この先、また大変な事や辛い事が起こったら、この歌を思い出すことにします。少しは前を向けそうな気がします。

    • 山川 信一 より:

      「梨、棗、胡桃」で正解です。「キナ」とは?
      つらい目に遭って嘆きたくなるのは仕方がありません。でも、そこに留まってはならないのですね。

      • まりりん より:

        キナはキナの木のキナです。でも南米原産のようなので、和歌に詠まれる筈はありませんね。

  2. すいわ より:

    「なし(梨)」「なつめ(棗)」「くるみ(胡桃)」
    慰めの歌。人生はそうしたもの、君一人がそうなのではない。思い詰めても詮無いことだよ、と。意図したかどうかわかりませんが、皆、実るもの尽くし。辛いことを乗り越えた先に実りは必ずあると暗に言っているようにも思えました。

    • 山川 信一 より:

      なるほど、すべて実ですね。もしこれが題名から意図して作った物名ならば、「辛いことを乗り越えた先に実りは必ずある」というメッセージになりますね。素晴らしい鑑賞です。

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