《期待外れ》

しをに よみ人しらす

ふりはへていさふるさとのはなみむとこしをにほひそうつろひにける (441)

振り延へていざ古里の花見むと来しを匂ひぞ移ろひにける

「わざわざさあ古里の花を見ようと来たのに、花の色は変わってしまったことだなあ。」

「振り延へて」は、副詞で「来しを」に掛かる。「いざ」は、感動詞。「(見)む」は、意志の助動詞の終止形。「こしを」の「こ」は、カ行変格活用の動詞「く」の未然形。「し」は、過去の助動詞「き」の連体形。「を」は、接続助詞で逆接を表す。「(匂ひ)ぞ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「(移ろひ)にける」の「に」は、完了の助動詞「ぬ」の連用形。「ける」は、詠嘆の助動詞「けり」の連体形。
ああ、わざわざかつて住んでいた所の桜の花を見ようと出掛けてきたのに、花の色艶は既に変わってしまったことだなあ。私の知る古里の桜はこんなではなかった。
作者がかつて住んでいた所は、桜の名所なのだろう。作者は、それを見たくてわざわざやって来た。ところが、花はまだ散らずに残ってはいたが、その色艶は衰えていた。盛りが既に過ぎてしまっていたのか。かつて見た桜とは、微妙に違っている。期待通りの桜ではなかったのだ。それを残念に思う気持ちを読んでいる。これは事実として、見に来た時季が遅れたこともあろう。しかし、思い出は過去を美化すると言う。思い出と現実は一致しないものである。それでがっかりすることも多い。そんな普遍性(あるある)を詠んだ。
ただし、詠み込まれている植物は、秋を代表する花である。季節がずれている。花に失望した作者の思いは秋へ向かってしまったと言うことか。漢字で書くと「紫苑」になる。

コメント

  1. すいわ より:

    紫苑(しおん)ですよね。三文字。「しをに」と呼ばれていたのでしょうか?徒然草にも登場していて、古くから馴染み深い花だったのですよね。子供の頃、そもそも日本語の名前と思っていなくて、漢字を見て驚いたことがあります。
    貫之、何故ここにこの歌を置いたのか?元々この歌ありきで歌の中に「しをに」を見つけ、「ふりはへて」の言葉を生かし、敢えて季節違いのこの場所に持って来たのではと思いました。

    • 山川 信一 より:

      正解です。『徒然草』にも兼好がお気に入りの花の一つに挙げていましたね。紫苑は、キク科の紫の花ですね。この花は、日本に自生していたようです。和名「しをに」は、中国語「紫苑」から来ています。〈シオン〉という発音の表記の際、〈ン〉を〈に〉としたのです。これは、n音でしたから。〈ん〉は、m音に当てていました。
      「元々この歌ありき」には、同意します。でも、少し順序が違うのではないでしょうか。まず「しをに」があったのです。植物は季節順位出てきますから。ところが、これを詠み込んだ物名の名歌が見つからないし、作れない。そこで、やむを得ず季節の違うこの歌をもってきたのではにないでしょうか。その意味では「ふりはへて」と言えそうですね。

  2. まりりん より:

    紫苑。「しをに」は「しおん」と読むのでしょうか?

    作者は、何年か振りに古里を訪ねたのでしょうか。記憶にある美しい桜とは様子が違っていて、がっかりしたのですね。気持ちは何となくわかります。
    お気に入りのレストランを久しぶりに訪れたら、以前美味しかったのに味が変わって不味くなっていた時と、似たような心境かも知れません。

    • 山川 信一 より:

      「しおに」と表記しても、発音は「しおん」です。表記と発音は違いますから。
      レストランの場合は、実際に味が違うこともありますが、記憶と事実がずれることってよくありますよね。いつしか思い出として美化しているのでしょう。まりりんさんの私の記憶もそうかも?「ふるさとは遠きにありて思ふもの」なのでしょう。

  3. まりりん より:

    「美化」ですか? どうでしょう?わかりません(笑)

    祖母 母と手塩にかけし糠床を朽ち果てさせし吾ぞ恨めし

    • 山川 信一 より:

      私に関しては、同窓会での授業持がそうだったので・・・。20代を知る者にとって、古希とのギャップはあまりに大きいのです。
      この歌は、実際の経験を踏まえているのでしょうか。仮名遣いは違いますが、よくできています。まりりんさんは、短歌が上手ですね。
      少々添削。「祖母母と手塩にかけし糠床を腐敗させぬる吾ぞ恨めしき」 過去の助動詞「し(き)」の重なりを避けました。「ぞ」の係り結びを正しました。

    • すいわ より:

      まりりんさんの歌、実感、共感出来る所が良いですね。ストレートに届きます。「糠床」な所が良いですね!

      逍遥す青き野の花手折りしを荷籠に結び君に届けむ

  4. まりりん より:

    添削ありがとうございます! ご指摘いただいた事、次回にも心掛けるようにします。

    この歌の「吾」は、実際にはウチの母です。こういう手仕事は性格が現れます。でも私も似たようなもので、自分で糠床を何回もチャレンジしましたが結局駄目にしてしまい、もう諦めました(苦笑)。

    • 山川 信一 より:

      いいえ、どういたしまして。係り結びは和歌に頻出するので、それを参考にしてください。
      そうなのですか。お祖母様はさすがでしたね。糠床は奥が深いといいます。私もいつかチャレンジしてみたいです。

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