《別れの屁理屈》

あふさかにて人をわかれける時によめる なにはのよろつを

あふさかのせきしまさしきものならはあかすわかるるきみをととめよ (374)

逢坂の関し正しきものならば飽かず別るる君を留めよ

「逢坂で人を送って別れた時に詠んだ 難波万雄
逢坂の関が本当の関であるなら、満足できず別れる君を留めろ。」

「(関)し」は、強意の副助詞。「ならば」の「なら」は断定の助動詞「なり」の未然形。「ば」は、接続助詞で仮定を表す。「(飽か)ず」は、打消の助動詞「ず」の連用形。「留めよ」は、下二段活用動詞「留む」の命令形。
君を見送るために逢坂の関まで来た。いよいよこれでお別れだ。この関は、逢うという名であるのに、その名と裏腹に別れる場なのだ。それはやはりおかしい。逢坂の関がその名にふさわしい本当の関であるなら、人を逢わせ留めるはずである。ならば、君を東国に行かせないで、ここに留めて欲しい。君との別れは本当に辛く、名残惜しくてならないのだ。
逢坂の関は、京都と滋賀との県境の逢坂山にある。東国へ行く人を送る際は、ここまで送って来ることができた。東国へ旅立つのは、「君」とあるから作者の親しい友人である。それも、県境まで見送るのだから、よほど親しい間柄なのだろう。けれども、作者は、ここで帰らなくてはならない。だから、名残惜しくてならない。そこで、逢坂の関に託けて思いを伝えている。屁理屈の一つも言わずにいられないのだ。

コメント

  1. まりりん より:

    「逢う」という名の逢坂で別れるのはおかしい、と言っている。確かに、こじつけているように思えますね。
    ならば、私(友)が帰京する折には逢坂の関まで迎えに来てください。そうすれば、その名の通り「逢う」にふさわしい場となるでしょう。
    屁理屈には、屁理屈で返したくなります。。

    • 山川 信一 より:

      作者は、関所なのに堰き止めないことにも文句を言っています。八つ当たりです。言わば、だだをこねているのです。そうせざるを得ない辛さを酌み取りましょう。『古今和歌集』の歌は、叙情詩です。理屈はそれを伝えるための方法です。別れの辛さは友も同じでしょう。同じ気持ちを共有しているはずです。その時に、冷静に「屁理屈には、屁理屈で」と「ならば、私(友)が帰京する折には逢坂の関まで迎えに来てください。そうすれば、その名の通り「逢う」にふさわしい場となるでしょう。」と返せるとは思えません。

  2. すいわ より:

    「伊勢物語」でどこまでもどこまでも見送りに訪れる人々を思い出しました。行く事は決まっている、でも別れ難くどうにか留まれないものかと、道々何度も思って口にしても来たのでしょう。いよいよ別れなくてはならない最後の関の名が「逢坂の関」。「逢う」の名を持ちながら、我らを分けるのか?八つ当たりの一つもしたい気持ちなのでしょう。逢坂の関でも、別れる人たちの涙は堰き止められないでしょうね。

    • 山川 信一 より:

      どこまでも見送る人の姿は『土佐日記』にも描かれていましたね。別れは辛いものです。関所なら関所らしくして欲しいと文句も言いたくもなります。これでは、関所なのに、人も涙も堰き止められないではないかと。

  3. すいわ より:

    失礼しました、昨日の『伊勢物語』に引っ張られてしまいました。はい、『土佐日記』の人々を思いました。
    古今和歌集の編纂の経験から貫之はこれらのモチーフを後の彼の作品に散りばめているように思えます。きっと、『伊勢物語』も彼の作品なのではと思わずにいられません。

    • 山川 信一 より:

      同感です。証明は難しいでしょうが、私もそう確信しています。『古今和歌集』『伊勢物語』『土佐日記』は、貫之の三部作です。

  4. まりりん より:

    以前にも、古今和歌集は叙情詩だから、気持ちをもっと汲み取らなくてはいけない、とご指摘を頂きました。同じ事を繰り返してしまう自分に呆れますが、、努力します。中学生の時はそれが出来ませんでした、というか、する気がありませんでしたが、今なら出来る気がするので。。

    • 山川 信一 より:

      まりりんさんが特別ではありません。現代人は、古典への誤解、あるいは、先入観が、大抵の人にあります。これってかなり根強いのです。科学文明を基準にして、昔の人は劣っていたと思いがちです。でも、精神的には変わりません。いや、それどころか、平安貴族ならば、現代人より遥かに豊かで繊細です。舐めてかかると、とんでもないことになります。だから、少なくとも、普遍的な人間の思いとして、受け取らなくてはいけません。たとえばそれが女の思いであれば、自分のこととして想像してみましょう。古典がとても豊かなものに感じられるようになります。

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