《秋の賀の歌 その一 定国の威風》


内侍のかみの右大将ふちはらの朝臣の四十賀しける時に、四季のゑかけるうしろの屏風にかきたりけるうた  そせい法し

すみのえのまつをあきかせふくからにこゑうちそふるおきつしらなみ (360)

住の江の松を秋風吹くからに声うち添ふる沖つ白浪

「秋
内侍の長である藤原満子が兄である藤原朝臣定国の四十賀をした時に、四季の絵が描いてある定国の後ろに置いてある屏風に書いた歌  素性法師
住の江の松を秋風が吹くと途端に声を打ち加える沖の白波」

「(吹く)からに」は、接続助詞で「あとに述べることがそこから直ちに始まる」という気持ちを表す。「(沖)つ」は、格助詞で連体修飾を表す。
住の江神社の松を秋風が吹くと途端に、それに呼応して沖の白波の音が高くなります。定国様のご威光は、吹けば沖の白波が音を高くする住の江の松風のようなものでございます。定国様が一言お声を発すれば、どんなに遠くにいる者でさえもそれにお応え申し上げます。
語り手は、春の若菜摘みの歌では妹に寄り添っていたが、次第に妹から離れてきている。この歌になると、語り手が作者自身そのものになっている。作者が定国の威風を縁起のよい松を吹く秋風になぞらえて讃えている。長寿に直接触れていないのは、他の歌とのバランスを取ってしつこくならないように配慮したからだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    夏の時鳥に例えられた声とは異なり、「すみのへのまつ」を揺らす秋風の音は重厚かつ壮麗。その音に応えて千尋に広がる数多の白波は遥か彼方までその白い腕を打ち振る。それだけの偉大な影響力を持つ、という事を歌ったのですね。松の緑と波の白さが鮮やか。

  2. まりりん より:

    前の歌に登場した、若菜や桜や郭公の暖かく柔らかいイメージとは、趣が異なりますね。同じく妹から兄への歌ですが、男性的で力強さを感じます。なるほど、作者が他の歌とのバランスを考えて意図的に趣を変えたのですね。長寿に直接触れていないけれど、お兄様への敬意と親しみが伝わってきます。

    • 山川 信一 より:

      私は、語り手が妹の視点から離れたと読みましたが、あくまで妹の視点で詠んでいると見ることもできますね。妹はこの歌では男性的な力強さというべつの観点から讃えているのですね。いい鑑賞です。

  3. すいわ より:

    明らかに前の三つの歌とは変わってきていますね。屏風の左隻に入ったなぁと思いました。「次第に妹から離れてきている」、家族の中の定国は家族の中に留まることなく貴族社会の中の定国になって行く。直接的には長寿には触れなくても、定国のこれまでの人生を屏風絵に沿って語っている。そう、詞書通り、元々屏風ありきで見立てて歌を詠んでいるのですよね。春夏秋冬の絵を見て定国その人を詠む。秋風にも衰える事なく常緑の松を配して、暮れて行く秋をイメージさせない腕前に感服します。

    • 山川 信一 より:

      なるほど、定国は秋風にも衰えることのない常緑の松でもありますね。変わらない姿を讃えているのでしょう。

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