墓参り

 翌朝、目を覚ましたときも、まだ舌の根にゆうべのうまさが残っていた。あんなにうまい土産をもらったのだから、今朝もまた川へ出かけて、そばのだしを釣り直してこなければなるまいと思っていたのだが、その必要はなかった。父親が、一日半しか休暇をもらえなかったので、今夜の夜行で東京へ戻ると言いだしたからである。どうりで、ゆうべは雑魚の食い方が尋常ではないと思ったのだ。
 午後から、みんなで、死んだ母親が好きだったコスモスとききょうの花を摘みながら、共同墓地へ墓参りに出かけた。盛り土の上に、ただ丸い石を載せただけの小さすぎる墓を、せいぜい色とりどりの花で埋めて、供え物をし、細く裂いた松の根で迎え火をたいた。

「「翌朝、目を覚ましたときも、まだ舌の根にゆうべのうまさが残っていた。」とあるけれど、よほど美味しかったのね。」
「えびフライの美味しさは、家族で一緒に食べたことで何倍にもなったんだよ。」
「でも、父親はその夜帰ることになっていたんですね。雑魚をあらかた食べてしまった理由が明らかになりました。もうだしの雑魚を釣りに行く必要が無くなった。言わなかったのは、思いやりからですね。余計なことを考えさせず、家族の時を楽しもうとしたんですね。」
「父親は、雑魚のだしでそばが食えないとわかっていたから、雑魚をあらかた食ってしまったんだね。」
「ほぼ一日掛けてやって来て、たった一日半しか家にいられないなんてひどくない?労働基準法も何もあったもんじゃないわ。日本憲法第二十五条生存権に反する。それでも家族と過ごすために帰って来たのは、父親がホントの幸せを見失っていないからね。」
「母親はやっぱり亡くなっていたですね。コスモスとききょうの花が好きだったことから、何となく優しいお母さんのような気がしてきます。」
「どちらも自生しているんだね。北国なので同じ時期に咲くんだね。あたしは、陸上部の合宿で菅平のダボスにききょうが咲いていたのも見たことがある。朝露に濡れてきれいな紫色をしていたなあ。」
「共同墓地ってなあに?」
「辞書によれば「共同墓地とは、集落・村落など地域の共同体によって使用、管理・運営されている墓地のこと」とある。お寺が管理している墓地じゃないんだね。」
「「盛り土の上に、ただ丸い石を載せただけの小さすぎる墓」ってあるけど、お墓からも貧しいってことがわかるわね。」
「母親は何で亡くなってしまったんだろう。」
「きっと、三ちゃん農業で無理をしたんだよ。」
「じゃあ、もう農業はしていなんだね。その分、父親の稼ぎに掛かっている。経済的にギリギリの生活をしてるだろうね。だから、父親はすぐに帰らなければならないんだ。」
 お墓参りは、家族そろって出かけている。父親もそのために帰ってきたんだ。これは一種の家族の娯楽にもなっているみたい。お参りも簡素だけど心が籠もっているなあ。

コメント

  1. すいわ より:

    外れていい予想に限って外れていない、、ため息が出ます。お父さんはまた9時間以上掛けて東京へと戻って行くのですね。1日半の休暇、家にいられるのはその半分。食事を共にできるのも晩、朝、かろうじて昼?喜んで出迎えた家族に、そんなに早く帰らなくてはならないこと、言えませんね。帰る場所がここにある事を確かめる為に、お父さんは労を惜しまない。殺生禁止のしきたりよりお父さんに食べさせる事を優先させようと食べ尽くしてしまった雑魚を釣りに出ようとした語り手。思い起こし噛みしめる、えびフライの美味しさには紛れもなく「家族揃った食卓」の風景込み、ですね、、亡くなったお母さんの墓参、お盆に秋草、北国に駆け足で寒さがやって来ますね。

    • 山川 信一 より:

      父親が帰ってきたのが12日の朝です。昼間は、多分疲れて寝てしまったのではないでしょうか?みんなでえびフライを食べたのがその晩。
      次の日が墓参りです。そして、夕方には東京に向かいます。故郷にいたのはぴったり一日半です。父親は寝る時間を汽車に乗って往復しています。つまり、13日の盆の入りには東京に戻ったのです。
      それでも帰ってきたことに父親の思いが伝わってきます。予定では帰れないことになっていました。それでも帰りたかったのです。帰ってあげたかったのです。
      そうじゃないと、自分が何のために生きているのかわからなくなるからでしょう。

  2. らん より:

    雑魚を食べちゃった理由があきらかになりましたね。
    お母さんは亡くなられたのですね。私もきっと三ちゃん農業で無理をしたのでだろうと思います。
    出稼ぎのお父さんの働きでこのうちの生計は成り立ってるのでしょうね。
    お墓の様子からも貧しいことがわかりました。石碑とかじゃないんですよね。ただ丸い石が乗っかってるだけなんですものね。だけど、可憐なコスモスと桔梗が飾られて、何より家族みんなでお墓参りしている姿が、すごく幸せに感じました。
    ああ、お父さんが行ってしまう時間が刻々と近づいていますね。

    • 山川 信一 より:

      謎が少しずつ明らかになるように書かれていますね。ここでも、父親の気持ちは謎です。
      でも、それを想像して読む楽しさがあります。
      お墓参りが幸せな家族の時間になっていることがわかります。

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