《女の思い》

題しらす をののこまち

あきのよもなのみなりけりあふといへはことそともなくあけぬるものを (635)

秋の夜も名のみなりけり逢ふと言えば事ぞともなく明けぬるものを

「題知らず 小野小町
秋の夜も名ばかりであった。逢うとあっさり開けてしまうので。」

「名のみなりけり」の「のみ」は、副助詞で限定を表す。「なり」は、断定の助動詞「なり」の連用形。「けり」は、詠嘆の助動詞「けり」の終止形。「(言え)ば」は、接続助詞で偶然的条件を表す。「事ぞともなし」は、連語。「(明け)ぬるものを」の「ぬる」は、完了の助動詞「ぬ」の連体形。「ものを」は、接続助詞で順接を表す。倒置になっている。
秋の夜は長いものと言うけれど、評判だけのものでしたよ。あなたと逢うと言ったって、格別何と言うこともなく夜が明けてしまったのですから。
時間は、決して一様に流れてはいない。退屈で嫌な時間は長く感じられ、楽しく愉快な時間は短く感じられる。この歌もその心理を踏まえている。しかし、この歌は、逢瀬に満たされたので、短く感じられたとは言っていない。「事ぞともなく」とあるからである。これは、相手の男に対するある種の不満にもとれる。これを読んだ男は、「事ぞともなく」の責任を感じるに違いない。作者は、露骨に不満を述べてはいない。それでいて、さりげなくプレッシャーを掛けているのだ。小町の小悪魔ぶりがうかがえる。
前の歌とは、夜明けの別れ繋がりである。この歌は女の側からの歌である。並べることで男女の違いを表そうとしている。編集者は、女の思いをよく表現している点を評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    辛辣ですね。表向き「秋の夜は長いというけれど、あっという間に過ぎてしまって」なのでしょうけれど、その内容が「なんと言うこともなく」なのだから男は冷や汗もの。ここ一番の歌を返さない事には後がない。返歌次第ではチャンスがあるのでしょうか。
    前の男の歌と比較すると女は強かさが際立ちます。編集者の工夫で歌集の中で物語が生まれますね。

    • 山川 信一 より:

      こんな風に並べられることで、男女の違いが際立ちますね。女は、逢瀬の時間が短いことを単に嘆きません。相手の気持ちを試そうとします。女の方が一枚上手です。

  2. まりりん より:

    「事ぞともなく」!
    言われた男性はドキッとしますね。相手を満足させられるように努力をするならまた逢って貰えるでしょうか。
    でも女性の方も、自分に自信が無ければこのようには詠めないですよね。さすが、小町は自信家ですね。

    • 山川 信一 より:

      恋は駆け引きです。そのプロセスを楽しむことです。逢うことだけが最終目的ではありません。小町は恋多き女だったのでしょう。そのことをよく知っているのです。モテる女にはモテる女の、モテない女にはモテない女の恋の仕方があるはずです。

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