《秋のものがなしさ》

これさたのみこの家の歌合のうた としゆきの朝臣

あきのよのあくるもしらすなくむしはわかことものやかなしかるらむ  (197)

秋の夜の明くるも知らず鳴く虫は我がごと物やかなしかるらむ

「是貞親王の家の歌合の歌  敏行の朝臣
秋の夜が明けるのも知らずに鳴く虫は私のようにものを悲しんでいるのだろうか。」

「明くるも」の「も」は係助詞で、類似の事態を暗示している。「や」は係助詞で、疑問を表し、係り結びとして働き、文末を連体形にする。「らむ」は、現在推量の助動詞。「今ごろ・・・ているだろう」の意。
秋の夜が明けようとしている。なのに、夜の明けるのも知らないで、虫がしきりに鳴いている。それは、今の私のように、この貴重な秋の夜を味わうことができないほどもの悲しくてならないからだろうか。
秋はもの悲しい季節である。秋の夜は尚更だ。作者は、かなしくて泣いている。外では、虫が頻りに鳴いている。それも夜が明けても鳴き続ける。作者は、それが自分のようにものがなしいからだ。かなしいあまり秋の情趣を味わうことなく、夜が明けてまで鳴いているのだと思う。作者は、自分と秋の虫を一体化することで、秋のものがなしさを表している。

コメント

  1. すいわ より:

    「何となく悲しい」まま、秋の美しさを堪能するでもなく「あくるもしらすなくむし」と同じ時間を詠み手も眠らず過ごしていると思うと詠み手の漠然とした悲しみの深さを感じずにはいられません。深まる秋、長くなる夜。美しければ美しいほど、物思いに引き込まれる。秋の底に静かに沈んで行くイメージ。虫の鳴き声が泣く自分を現実に繋ぎ止めてくれているようでもあります。

    • 山川 信一 より:

      秋のものがなしさとは、何によるものなのでしょう。待ちに待ってようやく訪れた秋の夜の情趣を味わうことなく、夜が明けるのも知らず、一晩中泣き続ける。それは、生き物の宿命的なかなしみを感じるからでしょう。秋の夜には、それに気づかされてしまいます。虫は、そんな作者の心をわかってくれているようです。

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