《歌の物語性》

題しらす よみ人しらす

こひしくはしたにをおもへむらさきのねすりのころもいろにいつなゆめ (652)

恋しくば下にを思へ紫の根摺りの衣色に出なゆめ

「題知らず 詠み人しらず
恋しいならば心の内で思え。顔色に出すな、ゆめゆめ。」

「(恋しく)ば」は、接続助詞で仮定を表す。「(下)にを」の「に」は格助詞で場所を表す。「を」は、間投助詞で詠嘆を表す。「紫の根摺りの衣」は、「色」の序詞。「ゆめ」は、副詞で禁止表現と呼応する。倒置になっている。
私のことが恋しいのなら、心の内で思ってください。紫草の根で摺って染めたあなたの美しい衣の色のように、恋しい思いを顔色に出してはなりません。どんなことがあっても、決して。」
これも忍ぶ恋である。恋とは、忍ばねばならないから恋なのか。忍ぶからこそ恋なのか。いずれにしても、恋は忍ぶものになった。そう認識されていた。とは言え、現れたがるのも恋である。作者は、紫草で染めた美しい衣の色によって恋心を象徴する。そして、現れるのを禁止するのである。「詠み人しらず」なので、作者は男とも女とも取れる。『伊勢物語』の第一段に「春日野の若紫のすり衣忍ぶの乱れ限り知られず」が出ている。それは、男の歌で、その衣は男が着ていた。それに対して、この歌の作者は女だろうか。
この歌も、噂を恐れての歌である。人の行為を禁止するのは、難しい。しかも、命じるのには抵抗がある。そこで作者は「紫の根摺りの衣」という美しいたとえを用いて抵抗を和らげている。巧みな配慮である。また、この歌は歌の背景を様々に想像させる。たとえば、これ程一方的に命ずる関係とは一体どんな関係なのだろうかと。歌に物語性がある。編集者はこうした点を評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    紫草は真白な花を咲かせるけれど、その根は鮮やかな紫の色を宿している。花を見ただけではそんな色を持っているとは誰も思わない。あなたも私を思う気持ちがあるのなら、決してその心を露わにしてはならないよ。(美しい紫(君)、どんなに隠しても噂と同じで匂い立つのを止められはしないのだけれど)、、。私はまさに「紫の上」を思い浮かべました。言い含めるような歌、強い独占欲をダイレクトに投げかけられていますが。美しい言い回しがその印象を和らげているように思えます。

    • 山川 信一 より:

      なるほど、そんな気もしてきました。紫式部は、この歌を読んで「紫の上(若紫)」を思いついたのでしょうか。源氏が幼い若紫に言い聞かせているように思えますね。
      すいわさんは、現代の紫式部ですね。平安時代に生まれていれば、紫式部に代わって『源氏物語』が書けそうです。

  2. まりりん より:

    思いを色で表すという発想が素敵だと思います。この歌では、心の奥に秘めた恋しい想いを紫と。心情によっては、真っ白だったり深紅だったり、、想像すると楽しいです。
    紫は高貴な色ですよね。貴族に相応しいのでしょうね。

    • 山川 信一 より:

      色のイメージを巧みに利用していますね。紫草は、花の色は白で根が紫。それが現れた部分と隠れた部分とを象徴しています。

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