《独り寝の侘しさ》

題しらす とものり

としをへてきえぬおもひはありなからよるのたもとはなほこほりけり (596)

年を経て消えぬおもひは有りながら夜の袂は尚凍りけり

「題知らず 友則
長年消えない思いはあるけれど、夜の袂なお凍っていることだなあ。」

「(消え)ぬ」は、打消の助動詞「ず」の連体形。「おもひ」の「ひ」に「火」が掛かっている。「けり」は、詠嘆の助動詞「けり」の終止形。
あなたへの恋の火が幾年も尽きずに私の中にずっとにあります。それなのに、あなたと共寝することができす、夜は侘しく独り寝するばかりです。あなたが敷くはずの私の袂は今も凍ったように冷たいままなのですよ。
この歌も共寝をテーマにして、恋の辛さを訴えた。前の歌では「枕」であったが、この歌でも身近な「袂」を題材にしている。そのため、相手は具体的にイメージしやすくなる。「年を経て」「尚」とあるから、一度は共寝するような関係だったことがわかる。「恋はベッドのアクセサリーである。」などという西洋人の言葉もあるけれど、恋はそれだけのものではあるまい。しかし、共寝が目的ではないにせよ、やはりできないのは辛い。作者はその思いを正直に詠んだ。ただし、この場合、露骨で下品にならないことが条件になる。それはクリアしている。
友則の歌は、表現が穏やかで読み手に抵抗感を与えない。それでいて、技巧が巧みで、思いが過不足無く的確に表現されている。編集者はこの点を評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    あの時から随分と時が経ってしまいました。それでもあなたへの思いは変わらず灯ったままでいます。独寝の寂しさ、涙にくれて私の袂は冷たく凍ったようになってしまっています。私の胸の火では溶かす事が出来ない、温められるのはあなたのぬくもりだけなのですよ、、。業平だったらもっと迸るような情熱をぶつけてくるところなのでしょうけれど、友則の歌はどれも横に黙って座って一緒に景色を眺めるような、寄り添うような温かさがあります。この方、案外モテたのでは?

    • 山川 信一 より:

      友則の歌には、冬の日だまりのような暖かさが感じられますね。迸るような胸のときめきは感じられなくても、大きな愛に包まれるような安心感があります。結局は、こういう男がモテるのでしょう。

  2. まりりん より:

    貴女と出逢ってから随分時間が経ったけれど、私の想いは変わりません。ずっと貴女のことを思っています。でも、もしや貴女は心変わりされたか? そうであれば私はとても辛く、心が凍えてしまいます。心が凍って、袂まで冷たく凍えてしまった。。

    • 山川 信一 より:

      「そうであれば私はとても辛く、心が凍えてしまいます。心が凍って、袂まで冷たく凍えてしまった。」この文は、変です。表現に心が行き届いていません。「あれば」は、未来を示します。「心が凍えてしまいます」の現在形は未来を示すとしても、「心が凍って、袂まで冷たく凍えてしまった」の「た」には繋がりません。「た」が完了でも過去でも。しかも、「年を経て消えぬおもひは有りながら」を無視していませんか?「おも(火)」は消えていませんから、心は凍っていません。

  3. まりりん より:

    そうでした。おもひ(火)が灯っているから心は凍えませんね。

    • 山川 信一 より:

      「神は細部に宿る。」と言います。細部を見落としてはいけません。和歌も人の言葉も。

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