みここのうたを返す返すよみつつ返しえせすなりにけれは、ともに侍りてよめる きのありつね
ひととせにひとたひきますきみまてはやとかすひともあらしとそおもふ (419)
一年に一度来ます君待てば宿貸す人もあらじとぞ思ふ
「親王が歌を返す返す詠みながら返すことができなくなってしまったので、お供にお付きしていて詠んだ 紀有常
一年に一度いらしゃる夫君を待つので、他に宿を貸す人もあるまいと思う。」
「(来)ます」は、補助動詞で「あり」の尊敬語。「(待て)ば」は、接続助詞で原因理由を表す。「(あら)じ」は、打消推量の助動詞「じ」の終止形。「ぞ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「思ふ」は、四段活用の動詞「思ふ」の連体形。
親王は返歌がおでききにならないので代作した。
あなたがおっしゃる七夕姫は、健気にも一年に一度訪ねていらっしゃる牽牛を待っているので、それ以外の男に宿を貸すなんてことはないと思いますよ。今日はこれで帰りましょう。
前の歌の旅の余興が続いている。親王には業平の歌に返歌する機転がなかったので、有常が代作する。七夕姫の貞操を持ち出して、業平の提案をやんわり否定してみせた。さすがである。編者は、こうしたやり取りも旅の楽しさであることを示している。
コメント
『伊勢物語』を読んでいた時は親王が口ずさんではみたものの、上手く返歌出来ないから有常に返歌させたと思っていたのですが、今、読んでみると惟喬親王、お酒が進んで酔ってしまわれていたように思えてきました。その様子を見て有常がまた気の利いた歌を返していますね。
「親王様はもうこんな様子だから帰るべきだろう?」なんて言い方はせず、「織姫の逢瀬を邪魔するわけにもいくまい?仕方がないから今日のところは帰るとしよう?」と返す。業平の顔も立ちますね。帰るとは一言も言わずにその場をお開きにする提案をする。本当に流石です。
なるほど、惟喬親王が酔ってしまわれたのを気遣ったのですね。それなら、業平の顔も立ちます。和歌は相手の心を気遣う心を養うようです。現代でも、こんなやり取りがしたいものです。
テスト送信
先生、昨日からコメントが送信できず、試しにこちらのアドレスを入力してみます。
どうしたのでしょうか?こういうことはよくあるのですか?困りましたね。
字数制限がかかっていそうです。短い文書は送信できるようです。
そうなのですか?すいわさんは、長い文章を送れます。設定は変えていないのですが・・・。もう一度試みて頂けませんか?