《旅の余興》

これたかのみこのともにかりにまかりける時に、あまの河といふ所の河のほとりにおりゐてさけなとのみけるついてに、みこのいひけらく、かりしてあまのかはらにいたるといふ心をよみてさかつきはさせといひけれはよめる 在原なりひらの朝臣

かりくらしたなはたつめにやとからむあまのかはらにわれはきにけり (418)

狩り暮らし七夕つ女に宿借らむ天の河原に我は来にけり

「惟喬の親王の供で狩りに行った時に、天の河という所の河の辺りに馬から下りて酒など飲んだついでに、親王が言うことには、狩りをして天の河原に到るという心を詠んで杯はすすめよと言ったので、詠んだ。 在原業平
 日が暮れるまで狩りをして過ごしました。今宵は織り姫に宿を借りましょう。気付いたら私は天の河原に来ていた。

「(宿借ら)む」は、意志の助動詞「む」の終止形。「(来)にけり」の「に」は、完了の助動詞「ぬ」の連用形。「けり」は、詠嘆の助動詞「けり」の終止形。
惟喬親王の狩りのお供で天の河という河の辺りで酒を飲んだついでに命じられて詠んだ。
今日は日が暮れるまで狩りをして過ごしました。お陰様で楽しい一日でございました。その上お酒まで戴いております。今日をこのまま終わらせたくございません。いっそのこと七夕姫に宿を借りようと思います。なぜなら、私は天の河原まで来てしまったのですから。皆様もそうなさいませんか。
作者は、天の河という地名にちなみ、織り姫を出す気の利いた歌を詠んでいる。こうして、その場を盛り上げるのも旅の余興である。この歌は、旅にはこうした楽しみもあることを伝えている。
ちなみに『伊勢物語』第八十二段には、これを元に再構成した話が載っている。

コメント

  1. すいわ より:

    『伊勢物語』第八十二段、惟喬親王とその一行の旅のエピソード。政治的不遇な立場に置かれたもの同士、単なる主従関係ではなく、立場を越えて互いに共感、信頼し、労り思いやる様子が深く印象に残っております。
    狩りの成果を競うでもなく、ゆるゆると気儘に散策し、そろそろ休憩しようかと、たまたま辿り着いたところが「あまの河」のほとりだったのでしょうか。
    主人のご所望、「あまの河」、「狩り」と言うからには「織姫」に宿を「借りる」と致しましょう。こんなにも心楽しい時を終わらせられましょうか、まだまだ甘露をお勧め致しますよ、、。
    きっとほろ酔いだったのでしょう。それでもこの歌のクオリティ。こんな酒宴なら覗いてみたいですね。

    • 山川 信一 より:

      気心が知れた仲間との旅。そして、旅の余興。気の利いた歌。時空を超えて、楽しさが伝わってきますね。『伊勢物語』では、惟喬親王の境遇が加わり、更に奥行きが広がっていましたね。『古今和歌集』との密なる繋がりが感じられます。

タイトルとURLをコピーしました