盆土産     三浦哲郎

 えびフライ、とつぶやいてみた。
 足元で河鹿が鳴いている。腰を下ろしている石の陰にでもいるのだろうが、張りのあるいい声が川につけたゴム長のふくらはぎを伝って、ひざの裏をくすぐってくる。つぶやくにしても声にはならぬように気をつけないと、人声には敏感な河鹿を驚かせることになる。


「短編小説の書き出しには、特に工夫が要るわ。短い分、読者を手っ取り早く物語の世界に引き込まなくてはならないから。ここも、「ええっ、なぜ?」と思わせるような書き出しになっているわね。いきなり物語が始まっている。」
「確かに、ここを読むと、何で?という気持ちになるね。説明抜きで始めるのは、「メロスは激怒した。」と同じだよね。この小説の方がずっと穏やかだけどね。」
「始まりは、抵抗が少ない方がいいこともありますね。すーと入っていけるから。でも、刺激が少なすぎても、関心を持ってもらえない。匙加減が難しそう。」
「河鹿って、カエルの一種?いい声で泣くんだ。」
「ほら、これを見て。河鹿はカジカガエルのことみたい。ウィキペディアによると、「清流の歌姫とも呼ばれとても綺麗な鳴き声で鳴く。」とあるね。体長オス3.5-4.4センチメートル、メス4.9-8.5センチメートだって。結構大きい。それに、メスの方が大きいんだ。」
「都会では田圃がないから、アマガエルもいない。まして、河鹿はいないよね。清流なんてどこを探してもないからね。」
「それにしても、「張りのあるいい声が川につけたゴム長のふくらはぎを伝って、ひざの裏をくすぐってくる。」ってあるけど、声がゴム長に響くんですね。音って振動だから。くすぐったい感じ、なんかわかるような気がする。」
「人声には敏感なのね。臆病なのかな。人の気配を感じると泣き止んでしまうほど。」
「ここが清流で、語り手は河鹿のいい声を聞いていたいことがわかる。自然豊かなところが舞台なんだね。」
「語り手は何をしているんだろう。」
「これも書かないことで読者に関心を持たせているんだよ。先を読もうという気にさせる。」
 河鹿がいる清流。歌姫のような河鹿の声。どんな話が展開するんだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    この作家の作品もこれが初めてです。先読みせず参加させて頂きます。
    一行目と二行目以降がまるでつながりませんね。このお話がどう展開していくのか期待が高まります。河鹿のいる清流、膝裏まである長靴を履いているところを見ると、渓流釣りでもしているのでしょうか。周りには人もいなそうですね。河鹿が鳴いているとなると真昼ではなく夕暮れ時?水の流れる音、河鹿の鳴き声、川の水の清い冷たさ。音と温度が山深い人里離れた場所を連想させます。河鹿の特性を知っているあたり、この人は自然慣れしているのですね。

    • 山川 信一 より:

      それがいいと思います。その方が作家の意図通りに読めるからです。
      作家は、情報を小出しにしていきます。その仕方を味わってください。
      「河鹿が鳴いているとなると真昼ではなく夕暮れ時?」という読みは正しい考え方です。ただし「夕暮れ時」かどうかは後でわかります。

  2. らん より:

    私、エビフライ、すごく好きなんです。
    きっと語り手はエビフライが大好きで「食べたいなあ」と呟いたのかもと想像しました。
    川辺で何をしてるのでしょうか。気になります。
    続きが読みたいです。

    • 山川 信一 より:

      この時点では語り手の思いが今一つわかりませんね。だから、読者は様々な予想します。それで先が読みたくなります。
      作家は、読者をいかに楽しませるかを工夫しています。

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