右のおほいまうちきみすますなりにけれは、かのむかしおこせたりけるふみともをとりあつめて返すとてよみておくりける 典侍藤原よるかの朝臣
たのめこしことのはいまはかへしてむわかみふるれはおきところなし (736)
頼め来し言の葉今は返してむ我が身古るれば置き所無し
「右大臣が通って来なくなってしまったので、あの昔贈ってきた手紙を取り集めて返すということで詠んで贈った 典侍藤原因香の朝臣
頼りにしてきた言葉は返してしまおう。私の身が古くなったので置き所が無い。」
「(来)し」は、過去の助動詞「き」の連体形。「(返し)てむ」の「て」は、意志的完了の助動詞「つ」の未然形。「む」は、意志の助動詞「む」の終止形。「(古るれ)ば」は、接続助詞で原因理由を表す。
あなたはこれまで私に沢山の手紙を贈ってくださいました。私はそのお言葉を信じ、それを頼りに生きてまいりました。でも、今となっては返してしまおうと思います。私の身が古くなり、あなたから見捨てられて、もう持っていても意味がありませんから。読み返す度にあなたの不実を恨んでしまいそうです。
作者は時の権力者から飽きて見捨てられてしまった。そこで、手紙を返すことで、せめて相手にその不実を自覚させようとしている。
この歌は、見捨てられた女のせめてもの抵抗を詠んでいる。男に見捨てられた女は、悔しくもあろう、惨めでもあろう。では、その思いをどう処理したらいいのか。しかも、作者の相手は時の権力者である。正面切って非難することなどできない。これは、そんな女の精一杯の皮肉である。言い過ぎでも、言わな過ぎでもいけない。編集者は、その程合いを評価したのだろう。
コメント
頼みにしていた男がすっかり通わなくなった。時の権力者に登り詰めた男、私はその身分にそぐわない「過去の女」になってしまったのね。ならば私が頂いた貴方の真心の証をお返ししてしまいましょう。貴方のお側に私が置く身が無いのと同様、私の元に不実な貴方の言葉の置き場もないのです、、。
少しの恨み言と共に手紙の束を返す事で男を義務から解放してやっているようにも聞こえます。貴方の手紙の置き場は無い(新しい男が私にも出来たから)と別れの最後の意地を見せているように感じられなくもありません。きっぱりと自分の方から決別を宣言するあたり、大人で洒脱な印象を受けます。男は「立場」がそうさせたのなら、別れが惜しまれるところなのではないでしょうか。
女の意図がどこにあったのかは、様々に考えられますね。そこが歌が持つ物語性の面白いところ。この歌をヒントに様々な物語を紡げそうです。少なくとも、女は男の反応を求めているのでしょう。このままでは気持ちが収まらないのです。
自分の都合で別れた相手だったとしても、今迄に贈った手紙の束を返されたら、思いは複雑でしょうね。北の方に見られないように隠さなくてはいけない…人に命じて処分するのも恥ずかしい…
偉い人は大変ですね。
上手い仕返しだと思います。
確かに、返されたら、自分の過去を突き付けられます。しかも、誰かに見られるわけにはいきませんね。なるほど、「上手い仕返し」になっていますね。