かむなりのつほにめしたりける日、おほみきなとたうへてあめのいたくふりけれはゆふさりまて侍りてまかりいてけるをりに、さかつきをとりて つらゆき
あきはきのはなをはあめにぬらせともきみをはましてをしとこそおもへ (397)
秋萩の花をば雨に濡らせども君をばまして惜しとこそ思へ
「宮中の神鳴の壺にお召しになった日、お酒など頂いて雨がひどく降ったので、夕方まで居りまして退出した折に、盃を取って 貫之
秋萩の花を雨に濡らしても君をまして愛しいと思うが。」
「(花を)ば」は、係助詞「は」が濁ったもの。「(濡らせ)ども」は、接続助詞で逆接を表す。「(君を)ば」は、係助詞「は」が濁ったもの。「こそ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を已然形にし以下に逆接で繋げる。「思へ」は、四段動詞「思ふ」の已然形。
兼覧王が私たちを宮中の襲芳舎にお召しになった日、お酒などを頂いて雨がひどく降ったこともあり、思わず長居をし、夕方まで居りまして退出する折に、盃を取って読みました。
天気は秋萩の花を雨に濡らしています。天気はよくありませんが、それに影響されることなく、私はあなた様のことをますます愛しく思っており、退出するのはまことに名残惜しく存じますが、これにてお暇いたします。実に美味しいお酒で、よい心持ちになりました。お陰様で本日はとてもよい時間を過ごすことができました。おもてなしありがとうございました。
兼覧王は惟喬親王の王子である。『古今和歌集』編纂の労を労ったのだろうか、宮中で貫之らを歓待した。そこで、退出に際し、季節と天気を詠み込んで、感謝の思いを詠んだ。
コメント
この歌が詠まれた時も、今日のように一日中しとしと長雨が降っていたのでしょうか。
雨降りだと、出掛けた先から帰るのに腰が重くなりますよね。この時も、つい長居をしてしまった。それを、貴方との時間がとても心地良くて帰るタイミングを逃してしまったと、丁寧にお礼の気持ちを歌に詠んで退席したのですね。さすが、スマートですね。
この歌は、長居の言い訳とは思えません。長雨に対して、長居をする口実になったとありがたく思っています。お陰で御神酒まで頂けて、いい時間を過ごせましたと。そう言うことで、兼覧王の接待への感謝の気持ちを表しています。
「かむなりのつほ」、ここでの宴は偶然なのかもしれませんが、「雷」。
まだ夏の名残の残る夕暮れなのか、夕立に足止めされてつい帰るタイミングを逃してしまった。咲き始めの萩が雨に濡れて美しい。いつまでも愛でていたいところですが、この甘露を頂戴してお暇致します。この遣らずの雨もお上の御心かと思うと、いやましにお慕い申し上げるばかりでございます。
理性的な貫之にしては、この歌、高揚感が感じられます。
こうして長居することができた上、御神酒まで頂けたのも、時雨のお陰です。「遣らずの雨もお上の御心」ですねと言っているようですね。『古今和歌集』が完成間近なのでしょうか。