《叶わぬ前兆》

題しらす いなは

あひみぬもうきもわかみのからころもおもひしらすもとくるひもかな (808)

逢ひ見ぬも憂きも我が身の唐衣思ひ知らずも解くる紐かな

「題知らず 因幡
あの人に逢えないのもつらいのも私の身からのことであるのに、それを思い知らずも解ける紐であるなあ。」

「逢ひ見ぬも」の「ぬ」は、助動詞「ず」の連体形で打消を表す。「も」は、「憂きも」の「も」と共に係助詞で類似の事態の列挙を表す。「わかみのからころも」は、「我が身から」と「唐衣」を掛けている。「唐衣」は、「紐」の枕詞になっている。「(思ひ知ら)ずも」の「ず」は、助動詞「ず」の連用形で打消を表す。「も」は、係助詞で強意を表す。「(紐)かな」は、終助詞で詠嘆を表す。
あの人に逢えないのも、こんなにつらいのも、みんな私の身から出たことなのに、下紐はそのことを思い知らずに、いかにもあの人に逢えるかのように解けることだなあ。叶わぬことを期待させて憎らしいこと。
下紐が解けるのは、恋人に逢える前兆と思われていた。その下紐がたまたま解けることがあって、こんな思いが生まれたのであろう。
この歌は、下紐が解けるという具体的な場面を示しつつ「わかみのからころも」の巧みに掛詞を用いて思いを述べている。編集者はこの具体性と表現技巧を評価したのだろう。

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