《翻意を促す》

題しらす 源宗于の朝臣

あはすしてこよひあけなははるのひのなかくやひとをつらしとおもはむ (624)

逢はずして今宵明けなば春の日の長くや人をつらしと思はむ

「題知らず 源宗于の朝臣
逢わないで夜が明けてしまったら、春の日のように長くあなたを薄情だと思うだろうか。」

「(逢は)ずして」の「ず」は、打消の助動詞「ず」の連用形。「して」は、接続助詞。「(明け)なば」の「な」は、完了の助動詞「な」の未然形。「ば」は接続助詞で仮定を表す。「春の日の」は、「長く」の枕詞。「(長く)や」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「(思は)む」は、推量の助動詞「む」の未然形。
私がこうしてお訪ねしているのに、どうして逢ってくださらないのでしょうか。もしこのまま逢ってくださらずに、夜が明けてしまうなどということがありましたら、私は春の日のように長い間あなたのことを冷たい女だと思うことになるのでしょうか。でも、このままだと、多分そうなりそうですよ。それは決してあなたの本意ではありませんよね。
春の日は長い。その季節感を踏まえて詠んでいる。内容は、逢ってくれない女への恨み言に近い。ただ、それでも、仮定の「ば」、疑問の係助詞「や」と推量の助動詞「む」を用い、断定は避けている。女が気分を害さないように気を配りつつ、女に翻意を促しているのである。
恋は季節の中でするものであり、季節感をどう生かすかが腕の見せ所である。編集者は、その例として秋冬に続いて春の歌を載せる。この歌は、断定を避けた表現に工夫が見られ、また、下の句のゆったりとした調べが春の日のイメージと重なり、嫌味になっていない。編集者はその点を評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    今、まさに会いたいのです。このまま夜が明けてしまったら春の日は長いからね、次の夜まで待つのがどれ程長く感じられることか。あなたに今夜会えなかったらそれこそ続く春のように長く薄情な人と思ってしまいそうだ、、
    初めて会う人でなく都合が合わずに会えないことを拗ねているような、恨みがましさを感じさせない長閑さを感じさせます。
    朧月溶けて流れてうらみむとあしたの浜に飛ぶや千鳥は

    • 山川 信一 より:

      「春の日の」は、「長く」の枕詞にもなっています。薄情だ、冷たいと思う時間の長さをイメージさせています。深刻さよりも長閑さが感じられますね。まさに拗ねている感じです。
      「朧月溶けて流れてうらみむとあしたの浜に飛ぶや千鳥は」は、「うらみむ」が掛詞になっているのですね。この歌の後の時間を捉えていますね。見事です。男は結局逢ってもらえなかったようですね。
      女の返し:逢はずとも今宵一夜のことなれや春の日長く吾を思はなむ

  2. まりりん より:

    思い通りにいかない恋に、春の季節感が意外でした。でも、春の日の長さと待つ時間の長さを重ねて、なるほど、ちょうど良い加減の恨み言になりますね。レベル高いです。

    すいわさん、先生、お歌が素敵です。私は、春めいてきた途端に花粉にやられ、、ぼうっとした頭に何も浮かびません。。

    • 山川 信一 より:

      ありがとうございます。花粉症、お気の毒に。お大事になさってください。その上で、まりりんさんの歌も待っています。

    • すいわ より:

      まりりんさん、お忙しくていらっしゃるのかしらと思っておりました。花粉症、お辛いですね。
      如月の春一番に芽も花も待ち侘ぶ光零る涙よ
      どうぞ、お大事下さいませね。いつもの素敵なお歌、お待ちしております。

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