《色の勝る袂》

題しらす つらゆき

くれなゐのふりいてつつなくなみたにはたもとのみこそいろまさりけれ (598)

紅の振り出でつつ泣く涙には袂のみこそ色まさりけれ

「題知らず 貫之
声を張り上げて泣く紅の涙には袂だけが色が勝っていることだが・・・。」

「紅の」は、「振り出で」の枕詞であり、涙の色を表してもいる。「振り出づ」には「声を張り上げる」と「紅色に染める」の意が掛かっている。「つつ」は接続助詞で反復継続を表す。「こそ」は係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を已然形にし、以下に逆接で繋げる。「けれ」は、詠嘆の助動詞「けり」の已然形。
私は声を張り上げて泣き続けています。その血の涙が袂を赤く染め上げています。気付けば、そのために袂だけが色が濃くなっています。しかし、その色の違いがあなたにおわかりいただけるでしょうか。心許ないのですが・・・。
恋の辛さ悲しさのために血の涙を流している、そのため、涙を拭う袂は赤く染まってしまった、その色の違いがわかってもらえるか、それは自分の思いの証しなのだと訴える。その溢れるばかりの恋情を伝えるために、表現技巧を駆使している。
思いを述べず事実のみを述べている。事実によって思いを伝えている。ただし、その事実は、実在するものではない。作られたものである。作者の「袂」を題材にするなら、こうも歌えるのだと、友則の596番の歌の「夜の袂は尚凍りけり」に対抗しているようだ。「凍る」より「色の違い」の方がリアリティがありそうだ。編集者は、「袂」を題材にした歌のバリエーションとして評価したのだろう。

コメント

  1. まりりん より:

    血の涙で紅く染まった袂。。想像すると少し怖いです。「怨念」のようなものを感じます。友則の凍った袂より衝撃的です。
    これを贈られたら、私は素直に喜べないです。引いてしまうかも…

    • 山川 信一 より:

      悲しみの涙が血の色をしているというのは、当時の常識だったようです。貫之のオリジナルではありません。貫之は、その常識を踏まえて、袂が涙で湿っているが変わったのを誇張して表現して見せたのです。ですから、受け取った相手も「衝撃的」とまでは思わなかったでしょう。

  2. すいわ より:

    冒頭から「紅」の鮮烈な色に支配され、畳み掛けるように「振り出てつつ泣く」と火のように激しい動作を提示される。なのに「あなたは気付かないでしょうね、、」と感情を叩きつけるどころか引く波のように曖昧にフェイドアウト。かえって読み手の気持ちを引きつけます。袖がここでも大活躍、見えない心を雄弁に語っていますね。きっと水に濡れた衣の色が他の場所より暗く濃い色に見えた発見をこんな形で表現に利用したのでしょう。「フェイクならば中途半端でなく」も盛り込んでテクニック満載なのに嫌味なく読み手の心に響きます。

    • 山川 信一 より:

      この歌は相手の心理を見抜いた上で技巧を凝らしていますね。強く出たり、引いてみたり、誇張してみたり、それでいて、「嫌味」にならない。さすが貫之の歌です。

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