《山彦と溜息》

題しらす 読人しらす

つれもなきひとをこふとてやまひこのこたへするまてなけきつるかな (521)

つれもなき人を恋ふとて山彦の応へするまで嘆きつるかな

「つれない人を恋うということで山彦が応えるまで溜息をついてしまったことだなあ。」

「つれもなき」の「も」は、係助詞で「かな」と呼応して「つれなし」の意味を強める。歌語である。「(嘆き)つるかな」の「つる」は、意志的完了の助動詞「つ」の連体形。「かな」は詠嘆の終助詞。
あなたは、私の気持ちをわかっていながら、何とも答えてくれません。だから、そんなつれないあなたを恋しいと思って、ああ、私は山彦が応えるまで溜息をついてしまいましたよ。山彦が応えてくれたのですから、それがどんなに大きな溜息かあなたにもおわかりでしょう。もういい加減に、あなたも応えてくれてもいいのではありませんか。
作者は、「山彦」に託し、自分の溜息の大きさを誇張表現に用いて冷たい恋人に迫っている。「山彦」は、大きな声を出せば、必ず応えてくれる。それに対して、あなたはどうだと言うのである。また、「つる」によって、溜息をついたのが自分の意志によるものであることを示している。これは、主体性のアピールになっている。編集者は、「山彦」に注目した独自性、助動詞「つ」の使い方を評価したのだろう。ただし、このような当てこすりが恋人の心を動かすかどうかについては、いささか心許ない。

コメント

  1. すいわ より:

    思い人からの返事の無いまま悶々としてため息をつく。山彦が返ってくるほどの嘆きの溜息。響き渡り増幅し心の空間に充満する、、。発想は斬新だけれど、この歌を贈られて返事をする気になるかと言うと、どうなのでしょう。お互い気心の知れた間柄で冗談めかしてならば面白いと受け取ってもらえそうですけれど。

    • 山川 信一 より:

      恋人の〈つれなさ〉を嘆く歌が並んでいます。題材は「来む世」から「山彦」に変わります。〈つれなさ〉のほども恋人への思いも違ってきています。快い返事を期待する気持ちが減じているようです。

  2. まりりん より:

    前の歌に続いて、自分の必死の気持ちに応えてくれない冷たい恋人への不満が込められていますね。ため息の大きさを「山彦」で表現するところが印象的で面白いです。相手の女性が、山彦が代わりに答えるくらい大きな声で「YES」と返事をしてくれたことを祈ります。あるいは「No」だったかも知れませんが。。

    • 山川 信一 より:

      そうなのです。この歌は恋人の心をこちらに向けるより、不満を言っている感じです。これでは、答えがもらえても「NO」でしょうね。

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