《主語の反転》

題しらす 読人しらす

あしひきのやまほとときすわかことやきみにこひつついねかてにする (499)

あしひきの山郭公わかごとや君に恋ひつつ寝ねがてにする

「山郭公は私のように愛しい人に恋しながら寝かねているのか。」

「あしひきの」は、「山」の枕詞。「(わがごと)や」は、係助詞で疑問を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「(恋ひ)つつ」は、接続助詞で反復・継続を表す。「する」は、サ変動詞「す」の連体形。
夜になっても山の郭公は鳴き続けています。あれは、今の私のように愛しい人を恋し続けて寝かねているのでしょうか。多分そうでしょう。君への恋しさに寝付くことができない私にはそう思えてなりません。今の私は、あの山郭公なのですよ。その声を聞いたら私があなたへの恋しさに泣いているのだと思ってください。
自分の思いを山郭公に託している。これで、相手は山郭公の声をこれまでのようには聞けなくなる。これも恋心を相手に伝える上手いやり方である。
この歌は、季節の事物を題材にして、恋心を詠む。鳥を鶯から郭公に変える。こうした点で、これまでの歌と繋がりを持たせている。ただし、違う点もある。それは、たとえの用い方の違いである。自分を主語にするのではなく、事物を主語にしている。つまり、事物のような自分ではなく、自分のような事物を述べる。そのため、序詞を用いる大仰さ、それに伴うしつこさがなくなり、すっきりした味わいが生まれた。それがこの歌の新しさである。この編集に、どこまでも表現方法を追求する『古今和歌集』の姿勢が現れている。

コメント

  1. すいわ より:

    鳴き声については何も言っていないのに郭公の鳴き声が聞こえてくるように思えます。郭公は夜も鳴くのですよね。詠み手は思い人に心を馳せて眠れない。そんな時、郭公の声を聞く。呼子鳥、誰を求めて鳴く?あぁ、郭公のあの姿こそ、今の私。貴女もあの声を聞いているだろうか、、。違う場所にいる人に音を再現して聞かせる。まるでオルゴール付きのカードのよう。

    • 山川 信一 より:

      確かに郭公が鳴いているとは直接言っていませんね。言わなくともわかるからです。読み手の想像力を信頼し、言葉を節約し、その分他の事を言う。これが短詩型文学の基本ですね。「オルゴール付きのカード」のたとえに共感しました。

  2. まりりん より:

    このような歌を贈られたら、山郭公の声を聞いて冷静ではいられなくなりますね。
    事物を主語にして、確かに歌がすっきりして新鮮に感じますね。

    最近、鈴木宏子女史の『古今和歌集の創造力』という本を読みました。私は知らないことばかりで、とても興味深く勉強になりました。

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