題しらす 読み人知らず/このうたは、ある人のいはく、柿本の人まろかなりと
よをさむみころもかりかねなくなへにはきのしたはもうつろひにけり (211)
夜を寒むみ衣かりがね鳴くなへに萩の下葉も移ろひにけり
「題知らず 読み人知らず/ある人が言うことには、柿本人麻呂の歌であると
夜が寒いので雁が鳴くのといっしょに萩の下葉も色づいてしまったことだ。」
「夜を寒むみ」は、所謂、み語法で、形容詞の語幹を挟んで、「・・・が・・・ので」の意になると言われる。あるいは、形容詞を動詞化する用法で、「・・・を・・・という状態にして」とも解せる。「衣かりがね」は、「かり」に「借り」の意が掛かっている。そして、「夜を寒むみ衣」が「かりがね」の序になっている。「萩の下葉も」の「も」は、他に類似するものがあることを暗示する。「にけり」の「に」は、自然的完了の助動詞「ぬ」の連用形で、始まりを表す。「けり」は、詠嘆の助動詞「けり」の終止形で、気づきを表す。
夜が寒くなってきた。そのために人は厚い衣を借りることになる。その「借り」ではないが、雁は、寒いので鳴くことになる。すると、それと一緒に萩の下の方の葉までが色づき枯れてしまったことだなあ。こうして、秋は深まっていくのだ。
新たに色づいた萩が加わり、また一歩秋が深まったことを表している。秋は、人にも動物にも植物にも変化をもたらす。その様を一首の中に詠みこんでいる。掛詞も序詞も単なる技巧に終わっていない。豊富な内容を読み込むための工夫である。また、秋の深まりが「寒い」(触覚)、「鳴く」(聴覚)、「移ろひ」(視覚)と多角的に捉えられている。
「柿本の人まろかなり」とあるのは、み語法が使われ、古めかしい感じがしたからだろう。
コメント
夜は衣を重ねるほどに秋は深まり、寒さが増してきた。萩の葉も色づき始め、空飛ぶ雁も寒かろう。お山の秋は空の近くから色づき始め、萩の葉は地に近いところから色づき始める。中空を飛ぶ雁、寒さと共に秋に染められていきますね。
室内から大空へそして庭へと視点は動きます。秋に奥行きが感じられますね。