《思い出に誘う花》

題しらす よみ人しらす

はるさめににほへるいろもあかなくにかさへなつかしやまふきのはな (122)

春雨に匂へる色も飽かなくに香さへ懐かし山吹の花

「春雨が降る中に美しく咲く色も飽きないのに、香りまでもが懐かしい。山吹の花は。」

「飽かなくに」で軽く切れ、以下に逆接で続く。「さへ」は添加を表す副助詞で、「色も」を受けている。「懐かし」で切れて、「山吹の花」は倒置になっている。
春雨は、春を感じさせる暖かな雨であり、静かに降り、しっとりとした趣がある。その雨に濡れて山吹の花が美しく咲いている。山吹の花の色は、少し煙ったような黄色をしている。いつまで見ていても見飽きることがない。山吹はバラ科の植物なので、ほのかに薔薇のような香りがする。ただ、春雨の中であるから、ただでさえほのかな香りは一層淡く感じられる。しかし、その香りまでもが懐かしく感じられる。香りは記憶を呼び起こす。作者は別れた恋人を思っているのかも知れない。
『万葉集』巻十九に次の歌がある。「山吹の花取り持ちてつれもなく 離れにし妹を偲ひつるかも 留女女郎(りうぢょのいらつめ)」山吹の花は、万葉の昔から懐かしさを感じさせる花であったらしい。思い出にいざなう花なのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    「万葉の昔から懐かしさを感じさせる花であったらしい」、だから「面影草」なんて異名を持つのでしょうか。穏やかな黄色の一群れが春雨の銀幕の前に佇む姿はなんとも趣きがあります。弱い香りを感じるのだから、雨の中、山吹の咲く側まで出ているのでしょうか。桜などと違い低木の山吹、細枝にたわわに咲き揃い鼻先にそのほのかな香りを感じたら、雨の日の物思い、思い出へと誘われますね。

    • 山川 信一 より:

      或る時、誰かが言葉で事物にイメージを与え、事物はいつしかそのイメージを持つようになります。これが言葉の力ですね。それを詩と言うのでしょう。

  2. らん より:

    山吹の花、美しいですね、思い出の花なんですね。
    春雨も山吹の色も見えて匂いも感じられました。素敵ですね。
    雨の日のお花もいいなあと思いました。
    春雨もしっとり、風情のある雨ですね。

    私、小さい時、色鉛筆や絵の具やクレパスの色のヤマブキイロとは
    やまぶ黄色だと思ってました。
    やまぶってなんでしょうね。
    恥ずかしいです。

    • 山川 信一 より:

      この歌は何と言っても、春雨と山吹の、そして、色と香との取り合わせが見事ですね。この二重の取り合わせにオリジナリティが感じられます。
      山吹色は、確かに黄色ですからね。子どもはそんなものです。『君が代』の「イワオトナリテ」も「岩音鳴りて」だと思っている子もいます。

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