大納言ふちはらのくにつねの朝臣、宰相より中納言になりける時、そめぬうへのきぬあやをおくるとてよめる 近院右のおほいまうちきみ
いろなしとひとやみるらむむかしよりふかきこころにそめてしものを (869)
色無しと人や見るらむ昔より深き心に染めてしものを
「大納言藤原国経の朝臣が参議から中納言になった時に、染めない袍の料となる絹の綾を贈るということで詠んだ 近院右大臣(源能有)
色が無いと人は見ているだろうか。昔から深い心に染めていたのに。」
「(人)や」は、係助詞で疑問を表し係り結びとして文末を連体形にする。「(見る)らむ」は、助動詞「らむ」の連体形で現在推量を表す。「(染め)てしものを」の「て」は、助動詞「つ」の連用形で意志的完了を表す。「し」は、助動詞「き」の連体形で過去を表す。「ものを」は、接続助詞で逆接を表す。
贈った袍の料となる綾絹に色が無いから、あなたは心が籠もっていないとご覧になっているでしょうか。色は白であっても深い私の心で染めたのに。私は昔からあなたを思っていました。
作者は、白地の綾絹を贈る理由を贈る相手に誤解されないように説明している。
前の歌とは、「袍」繋がりである。ただし、この歌では、完成した袍そのものではなく、それを作るための材料の綾絹を贈っている。その事情を詞書が説明している。事情が異なれば、当然贈り物も異なる。年齢は、国経が能有より十七才上である。しかし、この時、能有の方が身分が高かった。したがって、身分の上の者からの贈り物ではあるが、受け取る側には幾ばくかの抵抗があったに違いない。そこで、能有は国経の心理を気遣った。袍の色は身分によって異なる。色を染めない白地の綾絹を贈った判断には、どうぞ時期を見てお好きな色に染めてくださいという気遣いがあった。つまり、更に出世してくださいという含みがあった。どんな時にも、贈り物には気遣いが要る。編集者は、この二つの歌によってそれを示したのだろう。
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