《男の心配》

題しらす 素性法師

あきかせにやまのこのはのうつろへはひとのこころもいかかとそおもふ (714)

秋風に山の木の葉の移ろへば人の心もいかがとぞ思ふ

「題知らず 素性法師
秋風に山の木の葉が変化するので、あなたの心もどうかと思うのだ。」

「(移ろへ)ば」は、接続助詞で原因理由を表す。「(いかがと)ぞ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「思ふ」は、四段活用の動詞「思ふ」の連体形。
秋風が吹いて山の木の葉の色が紅葉し、散り始めました。何事も移り変わるものです。だから、人の心も例外ではありません。あなたの心もそうではありませんか。あなたの私への恋心に秋が来て、私に飽きてはいませんか。
作者は季節にこと寄せて、相手の気持ちの変化に探りを入れている。
この歌は、作者が詠み人知らずではない。題知らずだが、男の気持ちを詠んだ歌だろう。女の気持ちを詠んだ歌が続いているので、バランスを取ったのだろう。考えてみれば、相手の心変わりを嘆くのは女に限ったわけではない。男も同様である。恋愛に於いては女が必ずしも常に弱い立場にあるとは限らない。少なくとも、気持ちの上では対等である。男も相手の心変わりに脅えていることに変わりはない。ただし、男としては露骨に尋ねることもできない。この歌は、一般論を元にさりげなく探りを入れる男の態度がよく表れている。「・・・ば・・・も・・・ぞ」が利いている。編集者はそれを評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    季節の移ろいとともに思い人の心も色褪せていくのではないか、と言う不安感。追い求め、手に入れ、充足するかと思いきや今度は失わないかと気を揉む。
    山にあっていち早く自然の移り変わりを肌身に感じる。そうなると離れた所にいる恋人の心模様の変化が気になる。相手がいるからこそ感じる孤独感。感情を排しているのに胸に冷たい風が通り抜けるような寂しさを感じさせます。

    • 山川 信一 より:

      作者は恋人から離れた山にいるのですね。そこで遠く離れは恋人に思いを馳せます。季節の移ろいが恋人の心の移ろいに重なります。寂しさそのものは口にしていませんが、確かに「胸に冷たい風が通り抜けるような寂しさを感じ」ますね。

  2. まりりん より:

    そうですよね、相手の心変わりに怯えるのは男性も同じですよね。
    「秋」と「飽き」が掛かっていて、木の葉の色と同様に人の心も移ろう。秋の寂しさも相まって、一層寂しい気持ちになりますね。
    ただ、男性は泣き言を言いにくいと思うし、女性のように恨み言で歌を詠むことも女々しくて憚られますかね。。この歌は、男性が心の中でつぶやいた独り言と捉えました。

    • 山川 信一 より:

      「男性が心の中でつぶやいた独り言」、現代人の感覚ではそう思えますね。現代短歌はそういう歌ばかりですから。しかし、本来歌は他者に読んで貰うためのものです。まして、恋の歌ですから、相手の心に働きかけるものです。男は恋をしているのです。贈ってこその歌なのです。

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